Adobe Education Forum2023特別企画「工学における生成AIの革新とこれからの大学教育」を開催〜今問われる人間ならではの役割とは?
今年で11年目を迎えるAdobe Education Forum 2023を8月29日(火)に開催いたしました。本フォーラムは、工学系の大学関係者が集まり、生成AIをテーマに教育におけるその位置付けや活用の可能性について講演と意見交換が行われました。
生成AIの限界と人に必要な力とは
はじめにアドビ エクゼクティブフェロー、Tably株式会社 代表取締役 及川卓也が基調講演「生成AIの革新とこれからの大学教育」を行いました。
アドビ エクゼクティブフェロー 及川卓也
ChatGPTのような大規模言語モデルをもとにした生成AIの登場により、これまでとは違い、専門知識を必要とするナレッジワーカーの仕事までもがAIに置き換えられる可能性が出てきました。人に必要とされる力や教育において重視すべきことは何かということが、今問われています。
例えば経済産業省がまとめたレポート「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方」では、人材育成において「生成AIを適切に使うスキル」と「批判的考察力等」が重視され、人に求められる役割が「創造性の高いもの」に変わると示しています。
生成AIは機械学習によって膨大なデータを学習してできていて、それをもとに推論したり生成したりしています。「生成AIは、過去の人類が残したさまざまな情報からのベストプラクティスに過ぎないんですね。つまり、全く新しいものを生成AIに期待することはできません。どうやって新しいものを作り上げていくかは、人間こそがやらなければなりません」と及川は説明します。生成AIはすでに正解や方法がわかっていることはできても創造的な限界があり、まったく新しいものを生み出したり、複数の方法からどれを選択すべきか判断したりすることはできません。人の創造性が重要なのです。
このような特徴から生成AIの使い所を考えると、「人間ができないことを任せない」、「人間ができることに使う」のが原則だと及川は示しました。自分でできること進める際に、ツールやアシスタントのように利用することに向いていますが、自分ができないことをただ任せるという使い方は、現時点のAIの精度では間違いも多く危険なのです。
4つの象限で生成AIの使いどころを解説(発表スライドより)
一方で学修においては、「まだできないけれど習得したい」ことのために効果的に利用できると及川は指摘します。例えばプログラミングの際に基本的なことを何度尋ねても、ChatGPTは人と違って嫌がることもなく根気よく返答します。気兼ねなく繰り返し質問ができるという生成AIの特徴を利用して、学びに伴走させることができるわけです。もちろん、内容の正確さを判断するクリティカルシンキングが常に要求されますが、それも含めて学修と捉えることができます。
生成AIは人の力を増幅する道具
及川は、Linkedin創業者のリード・ホフマン氏の表現を引用し、生成AIの位置付けを「人間の力を増幅するもの」と定義しました。例えば、電卓やExcelのような表計算ソフトがあっても人は算数や数学を学ぶし、その知識があるからこそ便利なツールを使うことができます。生成AIも、人の持つ力があってこそ初めてそれを増幅させる道具として生きるというのです。
計算尺や電卓、Excelが道具であるように、生成AIも人の可能性を高める道具(発表スライドより)
例えば10倍に増幅する道具は、人の元の能力が1あれば10に、10あれば100にすることができます。しかし、もし元が0だったら0にしかなりません。「かけあわせて10倍、100倍になる元となる本質の能力が何かということを、教育においては考えていく必要があると思います」(及川)。
技術の発展に伴い、考え方や知識の本質の部分は変わらないものの、人がやらない領域ができていくということはこれまでもさまざまな分野で起きてきました。それは生成AIにおいても同様です。大学は、学部学科ごとに生成AIを活用するとしても変わらぬ「本質的な能力が何か」ということを見つけ、学生がそれを身につけられるようにすることが重要なのではないかと及川は提示し、会場に納得感が広がりました。
アドビの生成AI「Adobe Firefly」の特徴
続いてアドビ GTM・市場開発部 プリンシパルBDM 阿部成行が、アドビの生成AI「Adobe Firefly」について解説しました。
アドビ 阿部成行
アドビではこれまでも、「AdobeSensei」と呼ぶAIを活用した機能を製品に取り入れて、単調な作業を軽減する取り組みをしてきました。新たな生成AI技術は「Adobe Firefly」として開発され、ベータ版を経て製品の機能として追加されました。Fireflyを製品に組み込むにあたり、アドビが生成AIを商用利用できる安心安全な設計をしていることを阿部は紹介しました。
アドビの生成AIに対する取り組み(発表スライドより)
例えば、FireflyのAIモデルの学習データにはAdobeStockのデータを中心に、オープンソースやパブリックドメインの画像を使用して透明性を保っています。また、生成した画像にはコンテンツ認証情報を持たせ、Fireflyで生成したという来歴がわかるようにするという取り組みも進んでいます。アドビだけでなく業界全体で生成AIを利用する社会的、倫理的な合意形成に取り組んでいるのです。
阿部はFireflyによる画像生成や配色の生成などの機能を紹介し、動画編集や3D分野でも生成AIによる機能の開発が進んでいることを明らかにしました。その後、アドビ エバンジェリスト・テクニカルアーティスト 福井直人が引き継ぎ、アドビの最新技術としてAdobeSubstance 3D Collectionの製品群をデモを交えて解説し、工学系の大学においても活用価値が高いことを示しました。
Substance 3D Collectionを紹介するアドビ 福井直人。直感的な操作感が特徴
日本工業大学〜生成AIでペルソナ作成やアイデア出しも
続いて、Adobe Creative Cloudを活用する各大学から活用事例の講演が行われました。日本工業大学 基幹工学部 機械工学科 助教 平山晴香先生は、知的障害や肢体不自由の子ども達への教育支援となるツールの研究を行っていて、「デザインマインドをもった設計者」の育成に力を入れています。Adobe Photoshop、Adobe Illustratorは基本的なツールとしてよく活用していますが、生成AIの活用にも積極的です。
日本工業大学 基幹工学部 機械工学科 助教 平山晴香先生
例えばペルソナを作成する際に、ChatGPTで人物像の詳細な設定を作り、Firefly で顔写真を生成し、ChatGPTにそのペルソナが求めているものを尋ねるという試みをしています。さらに、そこで導かれたコンセプトのプロダクトを画像生成AIに出力させるとさまざまなバリエーションが得られるため、平山先生は初期のアイデア出しには生成AIが役立つという見通しを持っています。
指定したコンセプトを元に生成AIが生成したプロダクト画像。Stable Diffusion(左)とFirefly(右)による(発表スライドより)
ただし、「デザイン初心者がこれを使ってしまうと、どこまでこれが模倣しているとかがわからずに本当にただの盗用をしてしまうという懸念があります。プロフェッショナルになってからの方が活用しやすいと感じます」と平山先生は課題も提示しました。
東京電機大学〜エンジニアにもデザインの基礎を
東京電機大学 未来科学部情報メディア学科 助教 井ノ上寛人先生は、感性工学を専門としています。情報メディア学科では、デジタルリテラシー教育の一環として、1年生全員がアドビのツールを体験できる機会を用意しています。また、井ノ上先生は3年生の専門科目でウェブのフロントエンド技術を教える際に、デザインの基礎を教える時間を設けています。
東京電機大学 井ノ上寛人先生
「デザインの知識に触れユーザーのことを考えながら作る過程を経験しないと、せっかく機能を実装できるようになっても、使いづらいものになったり見た目が安っぽくなったりしてしまいます」と話す井ノ上先生は、学生には将来デザイナーと協業してチームで成果を出せるようなエンジニアになって欲しいと考えています。
そんな井ノ上先生の研究室で学んだ同大大学院 未来科学研究科 情報メディア学専攻 修士1年の岸美咲希さんは、授業でウェブ開発の演習に取り組んだのがきっかけでフロントエンドエンジニアを目指しています。今年度は課外活動として、研究室のメンバーと共に2023年度の同学科のオープンキャンパス展示作品として、来場者用の特設サイトを制作しました。その制作の過程でAdobe XDをはじめ、Photoshop、Illustrator、Premiere Proなども活用したという岸さんは、「私史上最もクオリティーの高いウェブサイトを完成させることができたと感じています」と話し、頼もしい未来を感じさせました。
Adobe XDの画面を紹介する東京電機大学 大学院修士1年の岸美咲希さん
芝浦工業大学〜「デジタルクリエイティブ基礎講座 オンライン版」を活用
芝浦工業大学 情報システム部 次長 我妻隆宏氏は、同大でのAdobe Creative Cloud導入の経緯や利用状況を紹介しました。同大には汎用性の高いツールとして全学にAdobe Creative Cloudが導入されていて、全学生、非常勤を含む全教員、事務職員が利用可能です。学生は入学時にPCを購入するBYODの体制を整えていて、91%がCreative Cloudをインストールしています。
芝浦工業大学 我妻隆宏氏
せっかく自由に使えるソフトウェアがあっても使わなければ意味がありません。そこで、アドビが提供する「デジタルクリエイティブ基礎講座 オンライン版」を学内に紹介して、アドビ製品の使い方とデザインの基礎を自己学習できる環境を整えています。「この講座で基礎を身につけて、学生の研究や就職活動に活用してもらいたいと考えています」と我妻氏は話しました。
「デジタルクリエイティブ基礎講座 オンライン版」の紹介(発表スライドより)
生成AIと大学教育について考え、各大学でのアドビ製品の活用事例が共有したうえで、参加者によるディスカッションや交流も行われ、工学系の大学におけるクリエイティブスキルの可能性を確認しあう時間となりました。
[→Adobe Education Forum2023 特別企画「女子大におけるAI時代の学修環境の変革」のレポートはこちら]
(文:狩野さやか)