松林祥世/HAL「Adobe Frescoなら硬い線もやわらかい線も自由に描き分けられる」Adobe Fresco Creative Relay 46
まるでキャンパスに描いているかのようなタッチと表現力をもつ、アドビのペインティングツール・Adobe Fresco。そのリアルな描き味はプロフェッショナルのニーズにも的確に応える、高度な描画機能を備えています。
アナログならではの自由で質感のある表現と、いつでも描き直せる/レイヤーが使える/色調整もできるというデジタルならではの強み。Adobe Frescoは、そのアナログとデジタル、双方のメリットを併せ持ったツールということができるでしょう。
Adobe IDさえあれば無料で使えるので、デジタルイラスト初心者にも最適。ビギナーからプロのイラストレータまで、幅広く活用することができます。
クリエイターはいまAdobe Frescoをどのように使いこなしているのか、その背景も含めてインタビューする連載「Adobe Fresco Creative Relay」、第46回はクリエイティブの専門学校・HALで教鞭を執るアニメーターの松林祥世さんに登場いただきました。
元気いっぱいに春スキーを楽しむおひなさま
「いまの季節はちょうど冬と春の間なので、冬らしさと春さしさの両方を感じられるテーマとして、自分も好きな春スキーをするおひなさまを描きました。
アニメーターの仕事では、すべて依頼作画で、決められたキャラクターなどを決められたかたちで描いていくばかりなので、“好きに描いてください”というのはとても新鮮でした。楽しんで描くことができましたし、なによりおもしろかったですね」
アニメーターに必要な資質・適性は?
現役のアニメーターであり、HAL東京の講師でもある松林祥世さんは、アニメーターとして就職。サンライズを経て、現在、株式会社ライデンフィルムに所属しています。
これまで数々の話題作に関わってきた松林さんに、アニメーターになったきっかけや、アニメーターに求められる資質、アニメ制作の変化について、話を伺いました。
「アニメーターになりたいと思ったのは大学の頃です。
それまでもイラストや漫画は描いていましたし、文章を書くことも好きでした。この先も表現を仕事にしていきたいと考えるなかで、“これがやりたい”と思えた職業がアニメーターだったんです」
アニメーターを目指すにあたって、松林さんはアニメーションの専門学校へ進学。アニメ制作の現場では“絵が描ける”というスキルを前提に、さまざまな知識、技術が求められるからです。
「必要なスキルを身につけるという目的もありましたが、同時に“アニメーターになりたいし、絵を描くのも好き。だけど、自分にアニメーターの適性があるのかどうか”を確かめたいという気持ちもありました」
アニメーターの適性とはどのような資質か。松林さんは当時の記憶と現場の経験からこう話します。
「アニメーターは、描いては修正の指示がきて、それを直して仕上げていくのが仕事です。だから、自分の絵について人に指摘されたり、修正されたりすることをストレスに感じることなく、“それでうまくなるのなら”と受け入れられるひとは、アニメーターにも向いていると思います。逆に、自分のスタイルがあって、それを突き詰めていきたいひとには、合わない仕事かもしれませんね。
幸か不幸か、自分は絵がそれほどうまいとは思っていなかったこともあり、専門学校在学中から、修正指示や細かい指摘を苦に感じることはありませんでしたし、現場に入ってもそれは変わりませんでした。
ほかにアニメーターに必要な資質があるとすれば、“純粋に描くことを楽しめるかどうか”だと思います。仕事柄、午前中は『ゴールデンカムイ』を描いて、午後は『アンパンマン』を描く……そんなこともある仕事ですから(笑)」
松林さんに限らず、アニメ制作会社に就職するひとの多くは、専門学校卒業者が多く、美術系学校の卒業者はごく限られていると言います。
「いまでもアニメ制作に入る人の9割以上が専門学校のアニメーション専攻の卒業者です。
アニメーターの仕事は、美術的な絵のうまさとは求められるものが異なり、画力の方向性はもちろん、時間の使いかたがまるで違います。アニメの現場は常に時間との勝負ですので、一枚に何日、何週間、何ヶ月とかけて大作を描くスキルは活かすのが難しいんです。
私が講師を務めるHALを含め、アニメーションの専門学校では、スピードとクオリティのバランスをとりながら、安定して枚数を描く方法を教えています。現場に入ったとき、このスキルを身につけているかどうかは、アニメーターとして働くうえで大きなポイントだと思います」
画期的なベクターブラシの補正機能
約20年にわたり、アニメーションの最前線で絵を描き続けてきた松林さんですが、Adobe Frescoを使うのは今回が初めて。正確さとスピードを求められるアニメーターの立場から見て、そしてイラストを描くクリエイターとして、iPad+Adobe Frescoの感触はどのようなものだったのでしょうか。
「UIがシンプルだったこともあり、最初は“かんたんお絵描きツールなのかな?”という印象でした。ただ、実際に使っていくうちに、かなり自由度が高く、奥深いツールだと感じるようになって。使ったことがないツールや機能に対しても、ガイドを表示してくれるので、初めてでも迷うことなく使うことができました」
今回のイラストを描くにあたっては、まず一通りのブラシをテスト。
枚数を重ねながら、Adobe Frescoの強みを生かせるイラストを模索したそうです。
「最初の何枚かは、Adobe Frescoならではのよさを活かすことができなかったのですが、いろいろ描き続けるなかで、“これはこう使ったらいいのかな”と自分なりに創意工夫できるようになりました。
一番驚いたのはベクターブラシです。“滑らかさ”の設定次第で、そのままさらっと描くこともできますし、線に補正をかけながら描くこともできる。機械のような無機物を描くときに、定規を使わずに直線的に描くことができるのは画期的ですよね。
その感触がおもしろくて、今回のイラストでもスキーのビンディングなどで、この機能を使っています。手書きの質感がほしいときにはピクセルブラシ、硬い線がほしいときはベクターブラシ+補正機能と使い分けられるのが、Adobe Frescoのいいところだと思います」
ベクターブラシには「滑らかさ」という設定があり、0〜100で設定が可能。100のとき、描線の補正機能は最大になる
今回のイラストは線画をベクターブラシ中心で描き、着彩はピクセルブラシがメイン。その着彩も、いわゆる“アニメ塗り”と水彩を取り混ぜたものとなっています。
「美術的に絵を描くのなら陰影の“陰”の部分をなめらかな階調で表現することができますが、アニメの世界では、この“陰”の部分をはっきりとした線と塗りで描く必要があります。
今回のイラストでは、“ふたつの塗りかたを混在させる”という試みをしていて、女の子の素体のアニメ風な陰影処理をしつつ、肌や髪では水彩ブラシを使ってやわらかさを出しています」
左:線画+アニメ風の影つけ処理/右:水彩で質感を追加
「スキー板はベクターブラシの補正機能を生かして無機質なラインで描いたあと、水彩ブラシで漆塗りのような質感を加えています。やわらかさと硬さという線質の違いだけでなく、アニメ塗りと水彩塗りを使って光と影のつけかたにも変化をつけられるのが、Adobe Frescoのおもしろさですね」
艶やかな漆の質感は水彩ブラシで描かれている
デジタルツールも使いこなす一方で、アニメーターとしての仕事はアナログで描くことが多いという松林さん。Adobe Frescoの水彩、油彩をどのように感じたのでしょうか。
「Adobe Frescoの水彩は、想像していたよりもリアリティのあるにじみ感でした。あまりにもリアルなので、“絵の具が垂れてくるんじゃないかな?”と、iPadを傾けてみたくらいです(笑)。実際、iPadの傾きによって、画面上の絵の具に重力が働くまでリアルになったら、本当におもしろいでしょうね」
ツールの進化、テクノロジーの進歩によって、アニメの世界も変化し続けています。
画面サイズが4:3から16:9へと変わり、すべて手で描かざるを得なかった原画は、3DCGでの描画や、Adobe After Effectsによる編集(加工)で代替できる部分も増えていると言います。
「たとえば武将同士の戦いのシーンで、キャラクターをしっかり描きたいのに、奥にいる軍隊に時間が取られてしまう……そんなカロリーバランスが悪い作業はなくなりました。背景の大軍をCGで作っている間に、しっかり見せたいキャラクターの描画に注力することができます。
演出部分の進化も進んでいて、花びらが舞うシーンならすべて手描きだった時代から、平面的な花びらをソフトウェア上で散らせるかたちに変わり、いまや3DCGで作られた花びら一枚一枚を回転させながら散らす、そんな処理も可能になっています。
映像が4Kになったことで、求められる画質も上がり、小さいものだからと言って適当に描くということは許されない時代になりました。だからこそ、どこに時間をかけ、どこを技術でカバーするかという判断は非常に重要になっていると思います」
絵を動かして映像にする……言葉にすればシンプルに見える“アニメーション”の世界は、何十人、何百人という専門的な技能を持ったプロフェッショナルたちによって支えられています。
そこに求められる知識、技術は、最先端の現場にいることでしか得られません。松林さんがHAL東京の講師をしながらも、いまなおアニメーターとしての仕事を続けるのは、“現場感”を保ち続ける重要さを肌で感じているからです。
「朝5時に起きて、2時間だけアニメーターとしての仕事をして学校に行くということもあります。ハードな時間の使いかたではありますが、2時間集中して絵を描くということが、非常にリフレッシュになるんですよね。
アニメーターとしても講師としても、“絵を描くモチベーション”を保ち続けること。絵を仕事にするには、それが一番大事なんじゃないかなと思っています」
学校法人日本教育財団 HAL(ハル)
HAL東京、HAL大阪、HAL名古屋、クレアポール(HALパリ校)の四校を展開するIT・デジタルコンテンツの専門学校。ゲーム、アニメ、CG、映像、音楽、グラフィックデザイン、WEB、AI等、クリエイティブの各分野で、プロになるために必要な最先端の技術と知識を学ぶことができる。独自の就職支援システムで希望者就職率100%を実現している。 https://www.hal.ac.jp/