仕組み作りだけに留めないデザイナー支援とは | Design Leaders Collective

Design Leaders Collectiveは2022年4月から開催しているエンタープライズで働くデザイナー向けのイベントです。スタートアップ、制作会社、代理店など組織体制や規模によって抱える課題は様々。本イベントでは、エンタープライズで働くデザイナーが直面する課題の情報共有とディスカッションを目的としています。

デジタルプロダクトの設計は日々複雑化し、チーム規模が拡大する中、若手デザイナーは多くの課題に直面しています。20年前と比べて、幅広い専門知識が必要な複雑なシステム設計にデザイナーは関わっています。この変化に伴い、若手デザイナーが抱える不安や困難も増大しています。ただ熱意や興味に身を任せてスキルアップすれば良い時代ではなくなりました。

今回は、GMOペパボ株式会社シニアデザインリードの山林 茜さんをゲストに迎え、評価制度など仕組み作りだけに留まらないデザイナーの支援について話をしていただきました。

もくじ

  • デザインの意味が広がったことによる課題
  • 複雑化するプロジェクトで働くための支援
  • 自分たちにとっての「UX」とは?
  • 主体性をもったオーナーシップ
  • 仕組み化だけでは解決しない

デザインの意味が広がったことによる課題

「UX」や「デザイン経営」という概念の台頭により、デザインが関わる領域は大きく拡大しました。かつてデザインは主にプロダクトやサービスの美しさや使いやすさに焦点を当てていましたが、現在では企業戦略やビジネスモデルの構築、組織文化の形成、さらには社会的課題の解決まで、広範囲で本質的な領域に及んでいます。デザインは単なる「もの作り」の一過程ではなく、ビジネスの成功と持続可能な成長を実現する重要な要素として認識されるようになりました。

デザインがビジネスや社会においてより重要な位置付けを獲得したことは、喜ばしい進展です。しかし、この進化は若手デザイナーにとって大きな壁にもなり得ます。

現代のデザイナーには、従来のビジュアルデザインの基礎スキルに加えて、心理学、社会学、経済学、ビジネス戦略など、かつてないほど広範囲の知識が要求されるようになりました。この多岐にわたる要求は、新人デザイナーにとって時に重圧になると同時に、求人の要求が高すぎると感じる方も出てきています。

さらに、デザイン業界の専門化が進み、職種の細分化が起こっています。UXデザイナー、UIデザイナー、プロダクトデザイナー、インタラクションデザイナー、コミュニケーションデザイナー、フロントエンドエンジニア、デザインエンジニア、デザインシステムマネージャーなど、多様で専門性の高い職種が出現しています。この多様化は、一方でキャリアパスの選択肢を増やしていますが、若手デザイナーにとっては自分に最適な道筋を見出すことを難しくしています。

多様な選択肢は、個々の適性や興味に合わせたキャリアパスを選べる可能性を広げるので、一見すると若手デザイナーにとって有利に思えます。しかし、実際にはこの多様性が決断を難しくする要因となっています。

この現象は、作家のパトリック・マクギニスが提唱した「FOBO(Fear of Better Options)」、すなわち「より良い選択肢への恐れ」と密接に関連しています。これは見逃しの恐怖「FOMO(Fear of Missing Out)」と同様で、著書「Fear of Missing Out: Practical Decision-Making in a World of Overwhelming Choice」で詳しく解説されています。

若手デザイナーの場合、このFOBOは特に顕著です。「UXデザイナーになるべきか、それともUIデザイナーか?」「プロダクトデザインとインタラクションデザイン、どちらが将来性があるのか?」「デザインエンジニアリングのスキルを身につけるべきか?」など、常に「もっと良い選択肢があるのでは?」という不安がつきまといます。

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世代別、経済的ゆとり・見通しが持てない割合。今は中年の危機より若手の不安が深刻です。出典

この不安は、キャリアパスの選択だけでなく、日々の業務における意思決定にも影響を及ぼします。プロジェクトの方向性を決める際や、デザインの最終決定を下す場面でも、常により良い選択肢の可能性に悩まされ、決断を躊躇してしまいます。

こうした状態で、若手に対して「自分らしく働こう」「興味のあることに没頭しよう」「周りと協力しながら積極的に動こう」といった精神論は、効果的な後押しとは言えません。

複雑化するプロジェクトで活躍するための支援

デザインの多様化がもたらすFOBOの問題は、若手デザイナーのキャリア選択や日々の意思決定を困難にしています。この心理的な課題は、業界の急速な変化とそれに伴う期待値の高まりだけでなく、プロジェクトの規模拡大によってさらに複雑化しています。

デジタルプロダクトの開発サイクルが著しく短縮化する一方で、プロジェクトの規模は拡大の一途をたどっています。 2000年頃は1人でも小中規模のウェブサイトを作ることができましたが、2024年現在では標準的なビジネスウェブサイトでも5~10人の専門家が集まったチームが必要とされ、複雑なサイトではさらに大規模なチームが求められています。

ひとりのデザイナーでは解決できない問題が増加し、チームワークがより重要になることにメリットはありますが、新たな課題も生まれています。多様な背景を持つメンバーとの協働、説得と納得のプロセス、頻繁なコミュニケーションなど、純粋にデザインする時間以外の業務が増加します。様々な背景の人が集まるからこそ、効果を定量的に示すことが強く求められる場合もあります。ユーザーエンゲージメントの向上率やコンバージョン率の改善など、数字でデザインの効果を伝えることへのプレッシャーも大きくなっています。

これらの変化により、若手デザイナーは複合的な課題に直面しています。「正しい」キャリアパスを選択する不安を抱えながら、短期間で成果を出すことを要求され、同時にチーム内でのソフトスキルも磨かなければなりません。じっくりと模索しながら考える余裕がなくなり、自信を持った提案をすることが困難になっています。

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最適化ばかりになると創造性のある活動を求めるデザイナーのモチベーションは徐々に下がります

これらの課題に直面する中、デザインチームはどのようなアプローチを取るべきでしょうか。評価システムの改善やオンボーディングプロセスの強化だけでは不十分です。若手デザイナーを支援し、チームの健全な発展を促すためには、より包括的かつ長期的な視点からの取り組みが必要です。経験年数が多いデザイナーは下記のようなアプローチが考えられます。

これらのアプローチは、単なる指導や助言にとどまらず、チーム全体の文化や学習環境を改善する効果があります。経験豊富なデザイナーがこれらの実践を通じてロールモデルとなることで、若手デザイナーの成長を支援しながら、チーム全体の創造性と生産性の向上にも貢献できるでしょう。

主体性をもったオーナーシップ

デザイナーが直面する複雑な課題に対処する一方で、デザイン組織の生産性と創造性を高めるためには、個々のメンバーのオーナーシップの育成が不可欠です。オーナーシップとは、単に責任を持つということだけでなく、自らの仕事に対する主体性と情熱を持ち、組織の目標達成に向けて積極的に貢献する姿勢を指します。GMOペパボ株式会社のデザイン組織で実践された取り組みは、この重要な要素を育むための具体的な方法を示しています。

EC事業部 シニアデザインリードの山林茜さんが紹介する「オーナーシップが生まれるデザイン組織づくり」は、若手デザイナーが直面するFOBOや即戦力としての期待といった課題に対する有効な解決策の一つとなり得ます。

組織作りのために、従来は分権型組織、つまりチームごとにデザイナーがアサインされる仕組みをとっていましたが、デザイナーがひとつのチームに集まった集権型組織への移行をしました。この戦略的な変更は、デザイナーのオーナーシップを大きく促進する結果となりました。集権型組織への移行によってもたらされた利点は幾つかあります。

まず、デザイナーが複数のプロジェクトに携われるようになったことで、サービス全体を俯瞰する横断的な視点を獲得できるようになりました。プロジェクトの異動も可能になったため、各デザイナーの得意分野を最大限に活かすため、プロジェクトの各フェーズに適したスキルを持つデザイナーをアサインすることもできます。デザインチームが横断的にデザインの監修をできるようになったことで、サービス全体のユーザー体験の一貫性が向上し、より質の高いデザインが提供できるのもメリットです。

しかし、この体制変更にはデメリットもあります。特に懸念されたのは、デザイナーと他部門との関係が社内請負的になるリスクや、責任の所在が曖昧になる可能性でした。これらの課題に対処するため、GMOペパボのデザイン組織では以下のような対策を実施しています。

デザイナーと他職種との認識のズレをなくすために、自身の立ち位置を明らかにする。

これらの対策によってデザイナーの主体性が高まる一方で、GMOペパボのデザイン組織ではさらに踏み込んだアプローチを採用し、オーナーシップの深化を図っています。

まず、不確実性を受け入れ、完全に言語化できない判断や提案も尊重する文化を育てることに注力しています。「あなたにお任せします」と言えるような信頼関係を構築することで、デザイナーの自律性とオーナーシップが一層高まります。このアプローチは、プロジェクト開始時のドキュメント作成や定期的なコミュニケーションとも補完し合い、より強固な信頼基盤を形成しています。

また、他チームとの関係構築も信頼性を育むために重要です。ノンデザイナーとの協業プロセスを通じて、デザインの価値や影響を組織全体で実感してもらう機会になります。これにより、デザイナーが具体的にどんな貢献ができるのかが認識され、より主体的な行動が促進されます。この取り組みは、横断的な視点の獲得という集権型組織のメリットをさらに強化し、デザイナーの組織内での存在感を高めることにつながっています。

この際、リモートワークでは距離感が生じやすいため、対面での密度の高いコミュニケーションが大切です。数値化できない要素も含めた総合的な評価を定期的に行うレビューを実施しています。これにより、デザイナーの多様な貢献を適切に認識し、オーナーシップの醸成につながります。

仕組み化だけでは解決しない

「デザイン」「デザイナー」の急速な意味と役割の変化と多様化の中で、デザイナーは日々複雑な課題に直面しています。FOBOや即戦力としての期待、大規模チームでの協働など、プレッシャーの中で創造性を発揮し続けることは容易ではありません。しかし、GMOペパボのデザイン組織が実践してきたように、オーナーシップを育む環境づくりは、これらの課題に対する解決策となり得ます。

複雑化する課題に対して、画一的な解決策はもはや通用しません。だからこそ、各デザイナーが主体性を持ち、自らの専門性と創造性を最大限に発揮できる環境作りが必要です。信頼関係に基づく柔軟な文化、成功体験の共有、そして継続的な学習と成長の支援は、デザイナーが自信を持って挑戦し、失敗を恐れずにアイデアを追求する土壌になるはずです。