COYOTE 3DCG STUDIO|ゲーム業界のデファクト・スタンダード「Substance」ファミリーがもたらすワークフローの恩恵。テクスチャやマテリアル制作を高速&非破壊で行い、クオリティも均一化
有名コンシューマーゲームの開発にも関わる、クリーク・アンド・リバー社(C&R社)が運営する日本最大級の開発スタジオ「C&R Creative Studios」。同スタジオ内には、ゲーム3DCGに特化した制作スタジオ「COYOTE 3DCG STUDIO」があり、CGクリエイターが所属しています。ゲーム開発規模そのものが拡大を続ける時代において、数多くの大型タイトルに関わる同スタジオが重視するのは“制作の効率化とクオリティの均一化”です。今回はコンシューマー、モバイルそれぞれの経験豊富な4名のアーティストに、Adobe Substance 3D Painter&Substance 3D Designerを活用する理由について話を聞きました。
もくじ
- ゲーム3DCGに特化した制作スタジオ「COYOTE 3DCG STUDIO」
- Substance製品はマストで使用。キャラクター&背景制作のワークフローを解説
- Substance 3D Painterの魅力は「オブジェクトに直接3Dペイントできること
- Substance 3D Designerでの汎用マテリアル制作。異なるスキルを持つクリエイターのアウトプットに統一性を持たせる
ゲーム3DCGに特化した制作チーム「COYOTE 3DCG STUDIO」
――自己紹介をお願いします。
杉崎: キャラクターチーム ディレクターの杉崎です。キャリアのスタートは遊技機業界で、Mayaを用いた3DCG制作や全体ディレクションを行っていました。その後、現職でゲーム開発に関わり、現在はキャラクターに関する最終的なルックの確認や人員管理も含めてチーム統括を行う立場となりました。
五十嵐: 背景チーム ディレクターの五十嵐です。COYOTE 3DCG STUDIOに所属したのは2015年で、以降は背景デザイナーとして仕事を続けてきましたが、過去にキャラクターアーティストとして業務していた経験もあります。現在は自身で手を動かすだけでなく、現場の背景デザイナーが制作したモデルの監修や、より上流工程での仕様策定などをメインに行っています。
佐藤: 背景デザイナーの佐藤です。コンシューマーゲームの背景制作を6年ほど行ったのち、C&R Creative Academy(※)で5年間講師を務めました。2年前にCOYOTE 3DCG STUDIOに所属となり、講師業に加えて現場リーダーとして背景デザイナーを兼務しています。
※C&R社が運営する、受講料無料で業界未経験からゲーム・CG業界のプロを育成し、就業までをサポートするプログラム。受講者に対して、実践的なカリキュラムと業界経験の豊富な講師陣による授業を提供し、ゲーム業界への就業を目指す
イワン: 背景デザイナーのイワンです。2014年からゲーム制作の現場でのグラフィックス制作を始め、チェコやフランス、ロシア、日本の会社と協業してきました。建築系が専門だったことから、2020年にCOYOTE 3DCG STUDIOに所属して以降は背景デザインを中心に仕事をしています。
(左上から)佐藤健吉氏 / 杉崎 浩紀氏 / アントノフ・イワン氏 / 五十嵐 鉄太氏
――COYOTE 3DCG STUDIOの事業内容を教えてください。
五十嵐: COYOTE 3DCG STUDIOは、C&R社が運営する「ゲームコンテンツの3DCG制作に特化したスタジオ」です。当社はエージェンシー事業(派遣・紹介)を行っていましたが、その中で優秀なクリエイターとの繋がりが増えたため、自社内に制作ノウハウを蓄積することを目的として2012年に設立されました。
現在は230名ほどの組織で、うち100名がキャラクター、50名が背景、50名がモーション、30名がテクニカルアーティスト(※)という構成になっています。
※アーティストとエンジニアの間を取り持ち、制作全体を円滑化するために動く専門職。ワークフローやパイプラインの構築のほか、アーティストが制作しやすくなるような内製ツール開発も手掛ける
杉崎: 2019年頃まではモバイル向けタイトル制作が中心でしたが、現在は6,7割がコンシューマータイトル開発に従事しています。セルルック調の画作りが比較的多いですが、フォトリアルなPBR(※)表現も得意としています。最近は、両者の中間くらいのルックを狙うタイトルも増えていますね。
※Physical Based Renderingの略称。ゲーム開発や映像制作で用いられるレンダリング手法で、現実世界と同様の光の挙動を踏まえて描画を行うため非常にフォトリアルな表現が可能
COYOTE 3DCG STUDIOによるライブ映像の作例。キャラクターモデルは、同スタジオが運営するクリエイティブチーム「MEMED」所属のMony(もにー)氏によるもの
Substance製品はマストで使用。キャラクター&背景制作のワークフローを解説
―― 大型IPのモデル制作に関わる機会も多いと伺っております。プロジェクトによってワークフローは変化すると思いますが、普段から使用するDCCツールを含めて、制作の全体像を教えてください。
杉崎: キャラクター、背景ともにMayaとSubstance 3D Painterはマストで使っていますね。キャラクターモデル制作の基本的な流れは、Mayaでモデリング後、Zbrushでディテールアップを行い、Substance 3D Painterでテクスチャ作業を行っています。その後は再びMayaにデータを戻し、インゲームでの確認に移行します。ごく一般的なワークフローですが、プロジェクトによってはタイトルに応じた固有のワークフローに則ることもあります。
Substance 3D Designerは、プロジェクトに最適なマテリアルを事前作成してメンバーに配布する使い方が多いです。「このプロジェクトでは、このキャラクターの髪色にこのマテリアルを使ってください」という汎用マテリアルやフィルターを最初に作成しておくだけで、作業のスムーズさが大きく変わってきます。
杉崎氏
五十嵐: 背景も同様のワークフローですが、背景全体かプロップかによって使用ツールは異なります。ただ、いずれの場合もテクスチャ制作のメインはSubstance 3D Painterです。フィールド全体をMayaでモデリングすることもありますが、オープンワールド系のタイトルではUnityやUnreal Engine上の地形ツールを用いて、レベルデザインに応じた見た目の調整込みの制作をゲームエンジン上で行うこともあります。
――ちなみに、COYOTE 3DCG STUDIOではSubstance 3D PainterやSubstance 3D Designerをはじめとするツールの解説ブログを書かれていますが、これも皆さまが執筆しているのでしょうか。
佐藤: はい。10名くらいのメンバーで、交代制で執筆をしています。これにはスタジオの知名度アップに加えて情報発信による業界貢献的な意味合いもあります。Substance製品は掘れば掘るほど面白い機能が出てくるので、書いていて楽しいですね。
COYOTE 3DCG STUDIOが運営する3DCG背景デザイナーのためのまとめサイト「エンホリ - ENVIRONMENT HOLIC|C&R Creative Studios」(https://3d.crdg.jp/env/)。
Substance 3D Painterの魅力は「オブジェクトに直接3Dペイントできること」
――ゲーム開発におけるテクスチャ制作はPhotoshopを用いるケースも多いと思いますが、Substance 3D Painterとの使い分けがあれば教えてください。
杉崎: 両ツールとも常に使いますが、やはりSubstance 3D Painterは3Dペイント機能が何よりのメリットになります。通常であればUV展開を行い、つなぎ目を意識しながらテクスチャ制作を行いますが、Substance 3D Painterであれば直接モデルに描き込めるため、 UVによる制約がPhotoshopよりも少なくなります。 従来の制作方法では工数的に断念せざるを得ない表現も可能になり、クオリティの向上に繋がっています。
また、SBSファイル(※)の取り扱いが可能なため、Substance 3D Designerなど他ツールとの連携も容易な点も嬉しいです。
※Substance ファイル。Substance 3D Designerの主要なソースファイルで、グラフ、関数、ビットマップ、メッシュなど任意の数のリソースを含むことができるパッケージとして表される
Substance 3D Painterはチュートリアルも多く、操作も難しくないため、量産でも非常に役立ちます。ツールが難しいとクオリティにもばらつきがでますが、使いやすければ「誰でも一定に使える」というラインまで持っていくのが容易なため、チームを管理する側からすると安心感があります。コンシューマー業界ではほぼ100%使われていると思いますね。
イワン: 背景においては、手描きの風合いを出したいケースやデカールなど、2次元的な素材系であればPhotoshopを使用します。この使い分けはキャラクターも同様だと思います。Photoshopで作成した画像をベースとしてSubstance 3D Painter側で作業することも多いですし、Substance 3D Painter側で作ったマスクデータを.psdファイルとしてエクスポートすることもできますので、相互に連携した使い方をしています。
五十嵐: ハイライトや陰影など、手描きでは時間がかかってしまう表現をSubstance 3D Painterで作成してPhotoshopに持っていくこともあります。Substance 3D Painter側にはモデル形状などの情報をもとにマスクを作れるジェネレーターやフィルターが数多く用意されているので、手描きでの制作が大変なものを簡単に実現できるのも良いところです。
佐藤: 私は過去にPhotoshopでノーマルマップやスペキュラを描いていた時期もあったので、それに比べたら「最初から正しい値が入っている」「リアルタイムに確認可能なビューワーが綺麗」というだけでもありがたいですね。最終的なルックが即時に確認できるだけでもスピード感は大きく上がりますから。
Substance 3D Painterでの作業画面。Photoshopに似たレイヤー構造となっており、導入ハードルは低い。作業内容はリアルタイムに3Dプレビュー可能
――ゲーム制作において、特に背景は物量との戦いになることも多いと思います。先ほど杉崎様から量産期間の話題がありましたが、この観点ではいかがでしょうか。
五十嵐: 背景制作は物量が多いのと同時に、全てのアセットを同じスタイルに揃える必要があります。完全にフォトリアルな背景を作ることもあれば、ある程度スタイライズされた背景を作ることもありますが、いずれにせよ背景には徹底した統一感が求められます。
その意味では、複数のレイヤーやジェネレーター、フィルターなどが含まれる「スマートマテリアル」を使い回せることが非常に助かっています。“ペインター”という名前ですが、ペイント機能を使わずに非破壊編集ワークフローで活用可能な点が背景制作においては重要と考えています。
五十嵐氏
――Substance 3D PainterはPBR表現が得意なツールと認識されがちですが、COYOTE 3DCG STUDIOの場合はある程度スタイライズされた表現も多いと思います。表現手法を問わず、有効に使えるのでしょうか。
杉崎: もちろんです。セルルックだとしてもシャドウマスクやリムライトマスクは使用します。これらのマップは2Dで制作するより3Dモデルの形状に即して制作する方が直感的であるため、Substance 3D Painterがワークフローとして優位であることは変わりません。制作対象のルックで決めるよりは、ワークフローで選んでいます。
スタイライズされたキャラクターの衣装もSubstance 3D Painterで作業している。ディテールはZbrush、テクスチャはSubstance 3D Painterという基本的なワークフローで制作されているとのこと。(画像左)ベースカラー(画像右)UV展開
――Substance 3D Painterを導入したことによって制作期間が短縮した、イテレーションが回しやすくなりクオリティが向上したなど、具体的な導入効果を教えてください。
イワン: 1つ良いエピソードがあります。2016年頃は海外で仕事をしていましたが、海外での3DCG制作は基本的に分業体制となっています。モデリングはモデラー、テクスチャはテクスチャデザイナーが行います。
当時、新たなモバイルゲーム案件を始めた際、モデラーがテクスチャデザイナーとしてアサインされてしまったんです。テクスチャのスキルは持っていないため、このときはSubstance 3D Painterのジェネレーター機能が大いに役立ちました。手描きをするスキルはないものの、DCCツールの扱いには長けていたため、Substance 3D Painterのおかげで一定品質のデータを短期間に量産できるようになりました。
イワン氏
Substance 3D Designerでの汎用マテリアル制作。異なるスキルを持つクリエイターのアウトプットに統一性を持たせる
――Substance 3D Designerは、Substance 3D Painterと比較すると国内導入が進んでいない印象にあります。プロシージャルにマテリアルやテクスチャが作成でき、特に背景制作では効率的な感覚がありますが、普段のゲーム制作においてはどういったケースで使用するのでしょうか。
五十嵐: 地形などでタイリングテクスチャが必要になった場合に使います。大規模なシーンを制作する場合は、現実でのタイル張りのように地面や床材のテクスチャを敷き詰めて使いますが、Substance 3D Designerではランダム性を持たせた配置ができるほか、テクスチャ自体のバリエーションも作りやすいため重宝します。
イワン: タイリングテクスチャの中に植物や岩などを手軽に配置することができますし、バリエーション違いを細かく出力することもできます。これをSubstance 3D Designer以外でやろうとすると大変ですよ。
佐藤: キャラクター班と似たような使い方だと、みんなが使うであろう汎用性のあるもの、例えば花や植物、ツタなどのバリエーション違いを作って配ることもあります。個々人がゲーム内の環境に応じた植物のカスタマイズなどを行うより、最初にリーダー層が作って配布して使ってもらうほうがクオリティのコントロールもしやすいですね。
タイリングテクスチャのサンプル。バリエーションを作るのが容易かつ、高度な質感を表現できる
――ノードベースである点も特徴ですが、インターフェイス面では特に問題なくお使いでしょうか。
五十嵐: 広大なマップが必要なプロジェクトではHoudiniを使うケースも多いですし、その辺りは問題ないと思います。ただ、Substance 3D Painterに比べると使用人口は大きく下がりますね。
杉崎: 逆に「一部の人間だけが使えればよい」という思想もアリだと思います。Substance 3D Designerがすごいのは、作業者のスキルが揃っていなくても一定のクオリティが出せるところです。冒頭で説明したマテリアルの配布に繋がりますが、スキルのある人間があらかじめクオリティを担保したプリセットを用意することで、チーム全体のテクスチャワークが格段にクオリティアップします。 また、管理者からすると、作業に対して定量的なフィードバックが出来ることも大きな魅力です。
例えば「このキャラクター、髪の毛のコントラストがきついよね」ではなく「この値を0.4に変更してください」と具体的に指示を行えた方が効率は良いはずです。Substance 3D Designerで作ったマテリアルをSubstance 3D Painterに渡すことで、特定のノード値を直接指定するような指示出しが可能になります。
――実際の作業に際して、Substance 3D Designerでなければ実現できなかったことがあれば教えてください。
五十嵐: これもタイリングテクスチャのお話ですが、実際の業務では「複数パターン作って、クライアントに提案する」ということを行う場合があります。Substance 3D Designerの場合は少し値をいじるだけで密度や形状の変化を含むバリエーションが生成されるので、ルックの方向性を決めるのが非常に早くなりました。「このテクスチャはちょっと違うね」となっても、頑張って手で描いたものに比べて精神的なダメージはまったくないですね。
イワン: 先ほどHoudiniの話題もありましたが、例えば200m四方の広大なダンジョンを作る際、HoudiniとSubstance 3D Designerを併用すれば約1~2週間で納品まで行えます。Substance 3D Designerでハイトマップを作成し、Houdiniのプロシージャルジェネレーター用のディスプレイスメントマップとして使用することで、品質が高いダンジョンや洞窟などのモデリングを手軽に行うことができます。この場合はSubstance 3D Designerのおかげで違和感の原因になるプロシージャル感が一気になくなるんですね。 同じようなモデリングを手作業で作るとなると、3ヶ月は掛かると思いますよ。
Substance 3D Designerで作成したハイトマップを用いた洞窟。近年はオープンワールドなど大規模なフィールドを有するゲームが増加したため、ゼロベースでのモデリングとプロシージャルモデリングを組み合わせるワークフローが一般化しつつある。COYOTE 3DCG STUDIOにはTAが数多く在籍するため、パイプライン構築やツール開発も内部で行えるのも強み
洞窟制作のワークフロー。Attribute from Mapを用いてSubstance 3D Designerで制作したHeight Mapを頂点アトリビュートに転送、ディスプレイスメントのマスクとして使用している
――最後に、Substance製品に関してのコメントや、これから使用を検討する企業へ向けてメッセージをお願いします。
杉崎: Substance製品はアップデートによって欲しかった機能が追加されるケースも多いので、最新版を使うメリットが大きいです。Substance 3D Painterは直近で5月末にアップデートがありましたが、レイヤースタックの一括管理が行える「Python レイヤースタック API の追加」などは以前から必要としていた機能でした。
五十嵐: Substance 3D Painterは、誰が使っても概ね「良い感じ」に仕上がります。ただし、いざデータの中身を見てみたら、誰にも触れない構造になっていることもあります。だからこそ根本的な使い方の基本や操作の統一、メリットを活かせる使い方の普及には興味があります。
佐藤: 私自身も普及に関しては同意で、Substance 3D Painterを用いることで「未経験でも気軽にテクスチャが作れる」という体験を広めたいと思っています。C&R Creative Academyの講師としてもツールを教えていますが、より広い層に制作の楽しさを伝えられたらと思っています。
イワン: Substance 3D Designerは純粋なデザイナーにはハードルが高いので、もう少しカジュアルになったり、チュートリアルが充実したりすると良いと思いました。グラフがスパゲッティになりがちなので、うまく整理をつけられるようなアップデートを期待しています。