小さい事業者こそPDFリテラシーを補強せよ

ドラフト版の確認や請求書・契約書の送受信、契約書へのサイン……。大きな組織なら「バックオフィスにお任せ」できる取引先との文書や図版のやり取りも、意外とチリツモ。一気通貫でストレスフリーに進められないだろうか?

見落としがちな必修リテラシーの一つが、PDFを自由自在に扱えるか。文書やスライドを最終形に固める(ファイナライズする)狙いだけの活用だとしたら、宝の持ち腐れだ。しかも実はこの「改変不可」という思い込みは、実は大いなる誤解だという。

フリーランスをはじめ、組織基盤が“未整備”なチームや個人こそ、文書の共同作業から圧縮・変換、電子署名、共有・ロック制限まで、”攻め”にも”守り”にも強い「ボランチ役」としてPDFリテラシーを補強すべきだろう。

ネット黎明期の30年あまり前にPDFを開発したAdobe(アドビ)が手がけるAdobe Acrobat Pro。万能な働きについて、フリーランス協会の代表理事で、自らもフリーランス広報として活動する平田麻莉氏がトライアルで初体験した。実例とリアルな感想と共に、今こそPDFの誤解から深い理解へ。

「PDF=ファイナライズ」とは限らない

フリーランスとして活躍する平田氏にとって、PDFは「使わない日がない」と語るほど欠かせない存在だ。

例えば、パンフレットやホームページのワイヤーフレーム(概略図)、原稿確認など、さまざまな制作物の確認でPDFを介してやり取りしている。

PDFを使う理由は、主に2つあるという。

一つは、レイアウトが閲覧するデバイスなどによって崩れるのを防ぐ閲覧や共有のしやすさのため。そして、もう一つが「文書を勝手に改変されるのを防ぐため」だと語る。

「文書をロックして固めている、というイメージです。一つの文書を複数人でチェックするときも、全員が同じ状態のフォーマットで見ることが確実にできます。また、自由に編集できるソフトと違ってPDFは改ざんされづらい、という安心感があります」(平田氏)

多くのビジネスパーソンが共感する使い方や認識ではないだろうか。ただ実は、前半は正しく、後半は誰もが陥りがちな誤解を含む。まずはこの誤解を共に知ることから始めよう。

慶應SFC在学中にPR会社ビルコムの創業期に参画し、戦略的PR手法の体系化に尽力。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院への交換留学を経て、慶應義塾大学ビジネス・スクール修了。同大学大学院政策・メディア研究科博士課程を出産を機に中退。広報を軸にフリーランスで活動する当事者として、2017年にフリーランス協会設立。日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2020」受賞。政府検討会の委員・有識者経験多数。

ドキュメント文書でもスライド資料でも、手軽に編集が可能な状態から、最後にPDF化することがよくある。「PDF=仮の清書」のような扱いとも言えるだろう。

「平田さんの使い方は、まさに日本のPDFへのイメージそのものだと思います。しかし、実はPDFは改変不可なフォーマットでは決してなく、編集することも可能なフォーマットです。もし性善説に立たなければ、しっかりと保護処理されていないPDFは、いくらでも編集や改変も可能です」

そう警鐘を鳴らすのは、アドビの原渓太氏だ。

誤解は広がっており、企業や団体の公式サイトでも「編集可能な状態」のPDFファイルが今なお、数多く公開されている。セキュリティの隙をつかれた改ざんや盗用の被害は中小企業や個人事業主にまで及ぶ可能性があると指摘する。

ではここから、そうした誤解が広がった背景を押さえたうえで、身を守る術を知っていこう。

「デジタルスキルによる人の可能性の拡張」を志し、2020年にアドビに転職。2023年よりAdobe Acrobatをフォーカス製品として、デジタルアプローチを中心とするマーケティング戦略の策定およびキャンペーンの実行に従事。日常業務からAdobe AcrobatおよびAdobe Creative Cloudを多用することで、SaaS群の活用による業務効率化と質向上を追求している。

PDFは、なぜ生まれたの?

PDFは今から約30年前、ネット黎明期にアドビが開発したフォーマットだ。

1990年代はじめ、オペレーティングシステム(OS)やデバイスが違うと、表示されるレイアウトが違ったり崩れたりということが日常的に起きていた。

どんなOSやデバイスでも、文書を紙に印刷したようなレイアウトのまま保存・表示できるファイル形式「Portable Document Format(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)」として生まれたのがPDFだった。

直訳すると「持ち運べる文書形式」。日々の使い方やイメージとのズレがあるかもしれない。

原氏が改めて解説する。

「PDFのコンセプトは、文書をファイナライズする(最終形に固める=仕上げる)ことではなく、あくまでも『どこでも持ち運べるフォーマット』にするということ。そのままだとPDFの関連ソフトやWebサービスを使えば編集することもできるのです」

この話を聞いて、平田氏は改めて日頃の業務を振り返った。

「登壇資料をシェアしてほしいと主催者に言われたら、PDFで渡しているのですが、その意図は『誰かが編集できないフォーマットで渡すことで、編集や改変はNGですからね』と、意思表示しているつもりでした。編集機能はあくまで校正やコメントを入れるためのものであって、元の文章やデザイン自体は動かせないものだと思っていましたが、これまで私は大きな誤解をしていたということですね」

もちろんPDFを改変から保護したり、印刷ができないようにしたりするツールもある。その一つが有料版のAcrobat Proだ。

「気になりつつも、無料版で間に合っているかなと切り替えてこなかった」と打ち明ける平田氏にPro版を試してもらった。

ここからはサッカーになぞらえて、仕事を効率よく前に進めていくケースを「攻め」、逆に自らの仕事や知財を守るケースを「守り」として、Pro版が攻守にわたって要となる「ボランチ役」として役立つ機能を5つ、厳選して解説していく。

【攻めの効率性】①PDFの戻し、バラバラに来たけど?

平田氏はいま、2026年4月に岐阜県飛騨市に開学予定で、SNSでは「日本版のミネルバ大学」などと話題にもなっている「Co-Innovation University(仮称、略称CoIU)」の開学準備に携わっている。

この日、取材現場に持ち込んだのは、大学紹介パンフレットのドラフト版だ。図版や写真、文字が入ったパンフレットの制作を取りまとめ中で、PDF形式で関係者10人以上に一斉に共有して、それぞれからフィードバックを集めているさなかだった。

ただ、「これがとっても大変」だという。

というのもチームで修正作業をするとき、人によってその方法がバラバラ。AさんはPDFのコメント機能で、BさんはPDFを印刷してそこに手書きで指示を入れたものをもう一度スキャンして、CさんはSlackにテキストをべた打ちで、とそれぞれが別々のツールで赤入れするのだという。

「こういう場合、修正を取りまとめるオーナーは、バラバラの形式で次々に届いた内容をにらめっこしながら、一つのフォーマットにまとめ直していきます。せっかくデジタル化されているのだから、もっと良い方法はないかなと思っていたんですよね」(平田氏)

そこで、Pro版の〈攻めの機能〉として、原氏が真っ先に勧めたのが「複数メンバーによる文書の修正・校正」の機能だ。

全員が同時にPDF上で作業すればいいので、無駄な手間が省けるし、転記ミスなども防げる。大幅に業務効率がアップできそうな予感がする。

【攻めの効率性】②前回バージョンと何が違うの?

PDFはどんどん更新されていく。

よく遭遇する悩みが「前回のバージョンと、このPDFって何が違うの?」というものではないだろうか。

例えば、契約書の巻き直しで、取引先の企業から「新しい文書で、確認してよければ署名を」と、取り替えのPDFが送られてくるケースがある。

以前に受け取ったPDFと、新たに受け取ったPDF。

似ているけど、一見しただけでは、修正ポイントはわかりづらい。2つのバージョンをモニター画面で並べてにらめっこすることもあるだろう。ただ、細かいところまで追いきれない。こちらに都合が悪く書き換えられていないだろうか......。そんな不安もよぎる。

ここで〈攻め〉の2つ目として、原氏が紹介したのがPDFの比較機能である。

「新旧2つのPDF。差分を自動で検知する比較機能を使うことで、どこが変わったのかがすぐわかります」(原氏)

ここからは、小規模事業者にお勧めのPro版の〈守りの機能〉を紹介しよう。

【守りの安全性】③共有したPDF、悪用をどう防ぐ?

多くのフリーランスの働き方を知る平田氏は、次のような事情を打ち明けた。

フリーランスや小規模な事業者にとっては、さまざまな制作物や資料は、収益や競争優位性にもつながる知財そのものだ。簡単にコピーされたり、自分の知らないところで一部を改変されていたりしたら、商売にも自身のブランドにもダメージを与えかねない。

「勝手に流用や改ざんされた、といったトラブルを無くしたい」(平田氏)

この訴えに、原氏は2つの便利機能を紹介する。

ビギナーでもすぐに取り入れられるのは編集や閲覧、印刷、パスワードのロック機能だ。

Pro版では、閲覧・編集・印刷制限、パスワードロックなどがある。

「ニーズに合わせて、閲覧はできるけれど、編集はできないとか、印刷はできないというように、何を制限するか選ぶことができます。また、パスワードを発行し、共有を制限することで、部外者に文書が流出することを防ぐこともできます」(原氏)

誰しも、ロックがかかったPDFを受け取った経験が一度ならずあるだろう。

それは当然ながら「コピー禁止」という先方の意思表示にほかならない。

【守りの安全性】④オリジナル作者と証明できる?

「万が一、自分の作品や提案資料が流用されたことがわかった場合に、自分がオリジナルの作者と証明する方法はありますか」(平田氏)

原氏は、先ほどのロックに加えて、作成時にタイムスタンプをつけると良いと指摘する。

「Adobeのストレージ上に履歴が残るのでおすすめです。例えばPDF化した文書をウェブ上で公開するときは、編集ロックをかけたうえで、タイムスタンプもつけるようにする。そうすることで、ご自身が作成した資料という意思表示の一つとなるでしょう」(原氏)

【攻守のコスパ】⑤電子署名も自在に使える?

2024年11月に施行される「フリーランス新法」をきっかけに、これまで以上に増えそうなのが電子署名の機会だ。

今までは企業側が契約書や発注書を発行していたが、新法施行以降はフリーランス同士の取引でも取引条件の明示が義務化。メールやチャットでの箇条書きでも問題ないので必ずしも契約書形式で示す必要はないものの、相手から契約書や発注書をもらって確認したり、自ら作成したりする機会は増える見込みで、Pro版の電子署名機能が役立つシーンも多くなるだろう。

「企業から契約書のPDFが一方的に送られてきて、これでサインしてくださいと言われることもあるのですが、その契約書面を編集機能を使って校正できれば、交渉の余地も生まれやすくなりますよね。『この部分をこう変えてもらえませんか?』と言いやすくなる。その意思表示は、フリーランスという自分の立場を守ることに直結しそうです」(平田氏)

Pro版には電子署名のツールもある。

「クラウド上にアップしたPDF書類に両者がアクセスして契約を締結する仕組みで、署名する場所や必要な項目を指定することも自由自在です」(原氏)

オンライン会議、チャットツール、クラウドサービス、会計ツール…。個人がこうしたサービスを増やすことで業務が効率化できるのは便利だ。ただ、数が増えるほどコストの面も正直、気になる。

Pro版(Adobe Acrobat Pro)は今回紹介した〈攻め〉も〈守り〉も、電子署名も入れて、月額1980円。

「月々のサブスク料金がかさみがちなのですが、このPro版なら、電子署名を含めてこれだけ機能を使えるのは、コストパフォーマンスがいい。相手がPro版を持っていなくても利用できるから、全員のメリットがすごく大きいですね」(平田氏)

アドビの原氏は取材を通して、フリーランスの知財意識の高さを改めて実感したと語る。

「いまや誰もがPDFを使っています。だからこそ、アドビとしても個人向けAdobe Acrobat Proをもっと普及させることで、業務の効率化、セキュリティ強化、知財保護などを積極的にサポートしていきたい。個人やフリーランスの方々のクリエイティビティやビジネススキル向上に貢献していけたら、と思っています」(原氏)

執筆:工藤千秋
撮影:大橋友樹
デザイン:宮崎麻美
編集:野上英文

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202︎4-︎6-26 NewsPicks Brand Design