日本的な組織文化と調和したデザインの価値創造とは | Design Leaders Collective
Design Leaders Collectiveは2022年4月から開催しているエンタープライズで働くデザイナー向けのイベントです。スタートアップ、制作会社、代理店など組織体制や規模によって抱える課題は様々。本イベントでは、エンタープライズで働くデザイナーが直面する課題の情報共有とディスカッションを目的としています。
デザインが企業経営において重要な役割を担うようになったことは、大きな進歩です。しかし、現在、私たちは大きな転換期を迎えています。生成AIの台頭、効率性やROIへの要求の高まり、デジタルプロダクトの成熟化など、デザインを取り巻く環境が大きく変わり始めています。こうした変化は、これまで「正しい」とされてきた手法や価値観を見直す必要性を突きつけています。現状を当たり前と捉えず、あえて批判的な視点を取り入れることで、私たちの役割や価値を改めて問い直す機会となります。
今回は、イベント参加者全員でデザインに関する3つの問題について議論しました。議論の中では、日本の組織文化や大企業特有の視点も取り入れつつ、多様な意見が飛び交いました。
もくじ
- 欧米型の手法をそのまま受け入れる問題
- デザインの価値を理解してもらうという姿勢の問題
- デザインの「質」の問題
- 視座を上げた価値創造へ
欧米型の手法をそのまま受け入れる問題
アジャイルやデザイン思考など欧米発のイノベーション手法と日本の組織文化の間には、根本的な価値観や行動規範の違いが存在します。この文化的な不整合を理解せずに手法だけを導入すると、表層的な実践に留まってしまう危険性があります。
欧米の企業文化では、「建設的な失敗」を学習の機会と捉え、個人の自律性や明確な権限委譲を重視します。このような特徴は、人数が少なく意思決定がシンプルな組織であれば、国を超えて共通しています。一方で、日本の企業文化では「調和」や「慎重な合意形成」が重要視されることが多く、暗黙の階層構造や人間関係が意思決定に大きな影響を与えています。
国によって組織の意思決定の違いがあります。出典
この違いは、ワークショップやアイデエーション手法の実践において、以下のような構造的な課題として顕在化します:
- 形式主義への転化: 表面的には新しい手法を導入しているように見えても、実際には従来の意思決定パターンが維持されたまま、単なる「儀式」として消化されてしまいます。
- 暗黙の制約による創造性の抑制: 階層構造を意識するあまり、真に革新的なアイデアや建設的な反対意見が表明されにくく、結果として安全な選択に収束しがちです。
- 学習サイクルの分断: ワークショップでの議論が実際のアクションや組織学習に結びつかず、単発のイベントとして完結してしまう傾向があります。
これらの課題を解決するには、手法の導入だけに頼るだけでは逆効果です。株式会社ゆめみの栄前田勝太郎さんがディスカッションで述べた「ワークショップやアイデエーション手法は単なるツールに過ぎない」という指摘は、まさに的を射ています。前提となる文化や意思決定のプロセスが異なるため、そのままでは衝突が生じやすいです。だからこそ、一緒に取り組む人々や、その背景にある組織文化を十分に考慮した実践が不可欠になります。
例えば、実践の前に主要なステークホルダーに対して簡単なヒアリングや見込まれる成果を情報共有することで、極端な反対や後から大幅な仕様変更を求められるリスクを軽減できます。また、小規模なチームに権限を委譲し、分かりやすい成果を出すことで、他部署や上層部の理解を得ることが容易になります。日本の企業文化の特徴をデメリットとみなすのではなく、日本独自の強みを活かしつつ、欧米的な思考方法やプロセスを柔軟に組み合わせることで、より効果的なツールとして発展させることができるでしょう。
デザインの価値を理解してもらうという姿勢の問題
McKinseyが2018年に公開した「The business value of design」によると、調査対象となった300社のうち98%がデザインを強化したいと答えています。しかし、その一方で50%の企業は、デザインを適切に評価する方法を持っていないと回答しています。2021年の記事「Made to measure: Getting design leadership metrics right」でも;事業と結びつくデザイン指標の設定が難しいことが課題として指摘されています。
デザインの意思決定プロセスが持つ不可視性と、定量的なROIを重視する組織文化の間には、深い構造的な溝があります。このような状況下で、デザインの価値を正当化するための啓蒙活動や説明の機会を設けることが、意図せず新たな関係性の歪みを生む可能性があります。デザイナーが掲げるユーザー価値の追求という崇高な目的が、皮肉にも組織内の対話を複雑化させる要因となる場合もあります。「理解してもらう」という姿勢は、無意識のうちに上下関係を生じさせ、本来目指すべき組織的な共創や相互理解から遠ざかる逆効果を招くことがあります。
デザインの価値を組織内で確立していく過程において、プレゼンやワークショップのような「証明」や事前の根回しに依存するアプローチには限界があります。ディスカッションでは、楽天グループ株式会社の今村樹里さんが、「お客様からのフィードバックやコメント、NPS調査の評価を通じて、アプリの使いやすさやUIの良さに対する評価が上がってきました」といった経験を共有していただきました。より効果的なのは、抽象的な価値提案ではなく、実践を通じた学習と発見のプロセスにあります。「理解してもらう」という一方向的なアプローチを超えて、実践を通じた対話こそが、組織におけるデザインの真価につながります。
デザインの「質」の問題
デザイナーの専門性や職業的アイデンティティは、テクノロジーの進化により大きな転換点を迎えています。特にAIツールの台頭により、これまでデザイナーが担ってきた多くの作業が自動化される可能性が高まっています。また、現代のデジタルプロダクト開発では、スピードと効率性が重視される一方で、質の担保という課題に直面しています。「早くリリースして反応を伺う」というアプローチと、丁寧なモノ作りの追求との間でバランスを取ることの難しさが浮き彫りになっています。
このような状況下で、「人間のデザイナーにしか生み出せない価値とは何か」という本質的な問いが一層強まっています。ここ1年で「質」や「クラフトマンシップ」という言葉を記事やカンファレンスで目にする機会が増えたのも、こうした背景が影響していると考えられます。
デザイナーが考える「質」は、完成度の高さや間違いのなさへの強いこだわりとして捉えられることがあります。しかし、質に対する解釈は業種によって異なります。例えば、エンジニアにとっては安定性やパフォーマンスが質と深く結びついています。一方で、ビジネス側にとっては、市場での競争力や顧客満足度こそが、質を追求した結果として評価されるでしょう。もちろん共通点はありますが、デザイナーが追求する「質」の結果として、必ずしもユーザー価値の最大化が実現するとは限りません。
デザインにおいては、細部にこだわった完璧さの追求が美徳として価値を認められることがあります。しかし、そのような思考は、デジタルプロダクトで求められる迅速な価値提供やフィードバックの循環、スケーラビリティやメンテナンス性といった観点と衝突する場合があります。また、プロセスを重視する背景には、「失敗を避ける」「ミスなく進める」「事例に基づく」といった慎重な姿勢があります。模索と検証を繰り返しながら少しずつ改善することの重要性を頭では理解していても、完成度の低いものをリリースすることへの抵抗感は簡単には拭えません。
質の追求は、個人の技能や完成度という狭い文脈を超えて、組織全体のケイパビリティの問題として捉え直す必要があります。デザイナーが考える「質」は、完成度の高さや細部へのこだわりとして表現されがちですが、それはあくまでも質の一側面に過ぎません。より本質的には、異なる専門性を持つメンバーが、いかに効果的にコラボレーションし、ユーザー価値を最大化できるかという点にこそ、真の「質」が存在するのではないでしょうか。
ディスカッションで株式会社ノーモアマンデーの齋藤恵太さんが語った「良いプロジェクトチームをどう作るかという点に尽きると思います。デザインの質が高いとか、デザイン制作に時間がかけられないといったことは、個人的にはあまり論点にすべきではないように感じます」という言葉は、視野を転換するための重要なアドバイスです。異なる価値観や専門性を持つメンバーが、共通の目標に向けて建設的な対話を重ね、相互理解を深めることこそが最も大切です。この言葉は、従来の「質」の概念を、より包括的で柔軟な形に再定義する必要性を私たちに問いかけているのかもしれません。
視座を上げた価値創造へ
今回のディスカッションから得られた重要な示唆は、「デザインの価値」を個別の成果物や手法の効果として捉えるのではなく、組織全体の文脈の中で再評価する必要があるという点です。テンプレートや確立されたプロセスは事例が多く分かりやすい反面、手段が目的化しやすいという欠点もあります。そのため、組織固有の文化や特性を深く理解し、それを活かした独自の価値創造モデルを構築することが求められます。従来の「デザインの質」という概念を超え、組織全体の成長と進化に寄与する新しい価値提案の形を模索する必要があります。
「デザイン」という個別の問題解決に終始するのではなく、組織全体をひとつのシステムとして捉え、その中でデザインの役割を再定義する必要があります。ディスカッションで指摘されたように、デザインの質や効率性を個別に追求することは、かえって組織全体の複雑性を増大させる要因となりかねません。例えば、指標とキャリアインセンティブの結びつきを見直し、より本質的な価値創造を促進する評価基準を確立することや、明確な意思決定の枠組みを構築することが役割の再定義の第一歩となるアプローチとして考えられます。
ディスカッションを通じて、単なる方法論の改善を超え、デジタルプロダクトデザインの本質的な価値を再定義する貴重な機会となりました。技術の進化や社会の変化に伴い、デザイナーの役割はますます複雑化しています。しかし、それは同時に、より深い意味での価値創造の可能性を示唆しているとも言えるでしょう。