学校のICT/DX実情とAcrobat活用―小学校教員の前多昌顕先生に聞く
ICT(情報通信技術)やDX(デジタル技術を活用した組織全体の変革プロセス)の活用が進展する中で、教育現場においても変革が進められています。この流れを受け、積極的に取り組む教員の方々も増えてきました。
そこで今回は、全国での講演や書籍の執筆、SNSを通じて広く普及活動を行っている青森県公立小学校教員の前多昌顕先生にお話を伺いました。ICTの具体的な取り組み事例や学校DXのメリット、そしてAcrobatの活用方法について、現役教員の生の声を私、桑名がお届けします。
デジタルでもアナログでもできることはデジタルで
―前多先生は全国各地で講演や研修を行っていますが、どのような内容を伝えているのでしょうか?
「デジタルでもアナログでもできることはデジタル化しましょう」
これは私が一貫して伝えていることです。
確かに教育現場には紙でしか対応できない業務もあるのですが、デジタル化できるものは積極的に進めるべきだと伝えています。
とは言え「どれをアナログからデジタルに切り替えるべきか?」と悩んでいるだけでは前に進みません。紙で対応するべきものはそのまま残しつつ、デジタル化できる場面には積極的にデジタルツールを活用することを勧めています。
▲全国でICTの推進に貢献している前多先生
―教育現場でのICTの導入に対して、特別な思いがあるのでしょうか?
私は公立小学校の教師として、子どもたちが将来的に困らないように、教師自身が率先してICTを使用するべきだと考えています。
日本はアジアの中でも、英語やICTの教育がかなり遅れています。私たちが教えている子どもたちの競争相手は、日本国内の子どもたちではありません。韓国や中国などのアジアの国々の子どもたちです。日本の少子化が進み、国際競争力が低下している現状では、子どもたちが大人になった時に、国際的な企業から選ばれるかどうかが⾮常に⼼配です。
それゆえに、まずは私たち教師がICTを積極的に導入し、子どもたちに必要なスキルを身につけることが重要だと思っています。
―ICTが苦手な先生もいらっしゃるのでは?
特に高齢の教員の中には、「これまでICTなしで授業をしてきたから、今さら使わなくてもいい」とおっしゃる方もいます。確かに新しいことに挑戦するのは大変かもしれません。
それでも、まずは少しでも使ってみることです。年齢は関係ないです。せっかくICT環境が整ってきたのに、子どもたちの未来のために活用しないのは非常にもったいない。だからこそ前向きにICTを取り入れ、まずはPDFなどを活用してデジタル化することから始めましょうと伝えています。
―そういった先生方には、どのような支援策が必要だとお考えでしょうか?
大事なのは、ICTをこなせる人だけが先に進むのではなく、苦手な人を支援しながら全体のスキル向上を目指すことです。すべての教員が習熟するのを待っているだけでは、業務改善はなかなか進みません。できる人がICTを活用して業務を効率化し、その結果得られた時間を苦手な教員へのサポートに充てることが有効だと考えています。
公立小学校におけるDXの現状
―小学校でのDX化はどのくらい進んでいるのでしょうか?
GIGAスクール構想が始まって7年目になりますが、1年目に比べたら格段に進展しました。しかし一般的な企業と比べると、学校のDX化はまだ遅れているように感じます。
共有できるプラットフォームがあり、クラウド上にファイルをアップロードして閲覧や編集できる環境は整っているものの、あまり活用していない学校もあるんです。
クラウドを知らない方もいらっしゃいますし、クラウドに保存することが怖いという教員も。そのような方には「仮に学校のNASに保存したとしても、深夜に泥棒が入ったら盗まれるのでその方が危険です」と話しています。
―教員の仕事が多忙だとよく聞きますが、書類業務にはどの程度の時間を費やしているのでしょうか?
DX化が進んでいない学校では、授業後に2時間ほど書類業務を行っているケースが多いように感じます。私の場合は定時に帰宅です。比較的DX化が進んでいる学校なので、他校の教務主任と比べるとかなり余裕があるんです。
その分、他の教員のサポートに力を入れています。ICTが得意でない教員が「こんな授業をしたいです」と相談に来たら、「では一緒に取り組みましょう」とサポートしているんです。その結果、他校よりICTスキルは高めだと思います。
▲教員同士の連携が学校全体のICTスキル向上につながると語る前多先生
―完全にDX化にすることでどのくらい時間を短縮できそうですか?
DX化が進めば、業務時間を3/4~2/3程度、削減できるのではないでしょうか。
特に教頭先生の書類業務が多いですね。管理職の教員が時間的または精神的に余裕がないと、他の教員が困った時や問題が発生した時に柔軟に対応することが難しくなります。
だからDXを活用して管理職の負担を軽減することは、学校にとって非常に重要であり、大きなメリットになるはずです。
学校業務や執筆活動で役立つAcrobat
―デジタル化にPDFが使用されますが、全国の小学校で活用されているのでしょうか?
青森県でも役所からの通知はPDFで届きますから、全国的に使われていると思います。PDFは統一されたフォーマットとして重要な役割を果たしています。
特に役立つのは文書を共有するときですね。私の学校では職員会議をペーパーレスでおこなっていますが、教員全員が同じアプリを使用しているわけではありません。アプリによってはリンクを使っての文書共有ができないため、そのような場合にはPDFを重宝しています。
―Acrobatはどのようなときにお使いでしょうか?
私の場合、教務主任という立場上、学級担任から送られてくる複数のPDFをAcrobatの結合機能でまとめています。
手書きの紙文書をドキュメントスキャナーでPDFにすることも多いのですが、スキャン後のPDFを修正する際に役立っています。特に古い文書は紙でしか残っていないため、それらをスキャンし、校長名や日付を直して再利用できるのはAcrobatの強みです。
▲古い文書の氏名や日付を修正して再利用できる
古い文書だとハンコが押されている場合があるのですが、そのハンコもAcrobatの編集機能で簡単に削除できます。経年による汚れが付いているものも簡単に取り除けるんです。紙の書類ではそういう作業は難しいですし、他のPDFサービスだと意外と手間がかかることも多いので本当に助かっています。
▲紙に押されたハンコもAcrobatで簡単に消せる
―具体的にはAcrobatをどんな文書で使用しているのでしょうか?
校内研究の冊子や学校の経営方針に関する冊子を作成するときに使用します。それらもAcrobatの結合機能でPDFをまとめて、ページ番号を付けて一つのドキュメントに仕上げます。私が今の学校に赴任する前は、手作業で資料をまとめていたそうですが、現在は大幅に作業時間が短縮されました。
また、学校便りや学校通信をPDFでネットに掲載しているのですが、他のファイル形式からPDF形式に変換する際に欠かせないのがAcrobatの変換機能です。さまざまなファイル形式に対応しており、柔軟に活用できる点が非常に便利だと思います。
▲Acrobatには複数のPDFを結合できる機能がある
―学校のパソコンにAcrobatをインストールできるんですか?
いいえ、学校のパソコンには勝手にソフトをインストールできません。使いたいソフトが使えず不便な時もありますが、ありがたいことに、AcrobatにはWeb版(Acrobatオンラインツール)があるので学校から配布されているアカウントでシームレスに作業ができるんです。
Chromebookを使うことも多いのですが、ChromebookにはPC版AcrobatをインストールできないためWeb版がとても役立っています。
▲ブラウザーで使えるAcrobatオンラインツール
―学校以外ではどのようにAcrobatを使用していますか?
私は書籍の執筆もしており、校正用のPDFが出版社から送られてきます。その際に役立つのがAcrobatです。
Acrobatの注釈機能を使えば、修正箇所にコメントを入力できるため、具体的な指示を的確に伝えられます。たとえば「この文章に変えてください」や「ここに図を入れてください」といった指示を、直接PDFに書き込めるので、編集者とのやり取りがスムーズに進みます。
また、ハイライト機能を使えば、誤字脱字や修正したい部分を視覚的に強調できますし、タブレットを活用すれば、手書きツールを使って直接書き込むことも可能です。
紙の原稿に赤ペンで書き込むよりも扱いやすく、簡単に修正できるので助かっています。
―Acrobat以外にもPDFのツールはたくさんありますが、なぜAcrobatをお使いなのでしょうか?
今はPDFを編集できるさまざまなWebサービスがありますが、セキュリティの観点から、個人情報を含むファイルをアップロードするのはやはり不安です。もちろん学校関係の文書は無料のオンラインサービスにアップロードはしません。Adobeは信頼性が高く、PDFの開発元でもあるため、仕事で扱うPDFには安心・安全なAcrobatを使用しています。
また、Adobe Creative Cloudコンプリートプランを利用しているため、他のAdobe製品と一緒に使えるというのも、Acrobatを使い続ける理由の一つです。
―他のアプリもお使いなのですね。使用感はどうですか?
やはり、Adobeはクリエイティブツールの老舗ですよね。Adobe Expressを使ってみると特に実感するのですが、まずフォントの美しさに驚かされます。今話題の画像生成機能も、群を抜いて高品質です。
もしAdobe Expressにホワイトボード機能が追加されれば、⿊板代わりとして活⽤できるため学校現場で⾮常に役⽴ちそうですね。
▲Acrobatと連携しているAdobe Express
―ホワイトボードは学校の先⽣でないと気づかない機能ですね。他に必要な機能やアプリはありますか?
子供たちが簡単に動画を作れるアプリが欲しいです。もちろんAdobe Expressでもよいのですが、動画編集に特化したアプリがあるともっと楽しくなりますね。
もう一つ、難しいかもしれませんが、Acrobatを介してPDFをGoogleドキュメントやGoogleスプレッドシートにエクスポートできるとありがたいです。Googleを導入している学校が多いため、その機能が実現すれば学校業務の効率化がさらに進むと思います。
現役教員が考えるAIの使い方
―最近、AcrobatにAcrobat AI アシスタントという機能が追加されたのですが、これを学校で使うとしたらどんなことに使えそうですか?
たとえば文部科学省から文章量の多い文書が届いたとき、Acrobatで要約すれば便利ですね。時間をかけずに要点を把握できるだけでなく、それをもとに長文も書けるのですから業務の効率化につながります。
さらに子どもたちが活用できれば、教育の場で大きな効果を期待できそうです。たとえばさまざまなPDFを配布し、それを小学校1年生にもわかるレベルでAIに解説してもらうといった活用法も考えられます。
文部科学省では生成AIの使用を推進する方向で進めていますが、現在の生成AIは多くが13歳以上を対象とした利用規約になっています。特別なAPIを使って小学生もAIを使えるサービスもありますが、単独で利用できるAIはほとんどないと思います。もし子供たちがAcrobatでAIを使えるようになったとしたら、それは子どもたちに大きな恩恵をもたらすでしょう。
▲Acrobat AI アシスタント
―13歳以上の学生であっても、まだ思考力を鍛える必要がある年齢ですが、このAcrobat AI アシスタントを提供することについて、学校の先生の立場からはどのようにお考えですか?
私はAI肯定派なので、これまで作業に費やしていた時間を生成AIに任せることで、より効率的に学習ができると考えています。
小学校の授業時間は、たいてい45分です。たとえば長文を読んでもらい、「さぁ次へ進もう」と思ったらチャイムが鳴って終了。こういうことはよくあります。
そこで長文の要約にAIを活用すれば、今まで到達できなかった部分まで進められます。もちろん文章の要約を目的とする授業には適していません。AIに要約を任せることで作られた時間を、子どもたちが考えを深めたり、対話をしたり、間違いを見直したりすることに使用できます。
これまでの授業は、思考する時間よりも作業に費やす時間の方が多すぎました。そうした作業時間はAIに任せて、本質的な学びに注力することが有効だと考えています。AIを使用することで思考力が低下するのではなく、むしろ思考することに多くの時間を割けるのではないでしょうか。
―子供たちがAIを使うことに否定的な意見もありますが、前多先生はどのようにお考えでしょうか?
読書感想文をAIが完全に作成するようなことを懸念しているのかもしれません。しかし私の経験上、AIを盲信する子どもはそんなにいないと感じています。
私は早い段階から子供たちに生成AIの機能を見せてきました。もちろん使わせていませんが、AIが回答する失敗例をたくさん見せましたし、「AIはすごいだけではない」というのも気づかせました。そういう中で子供たちのクリティカルシンキングが養われ、AIの限界を理解していったようです。意外と子供たちは、物事の本質を見極める重要性を学んでいるのだと思います。
そしていつも言っているんです。
「生成AIの活用は、生成してからがスタートです」と。
-前多先生、大変貴重なお話をありがとうございました。
学校でのICT普及活動に尽力されている前多先生の発言には、学校を活性化させたいという強い思いと、子どもたちへの深い愛情が込められていました。
AIやその他のIT技術が急速に進化していく中で、従来のやり方を変えることは決して容易なことではありません。しかし前多先生がおっしゃるように、まずは「PDFでデジタル化」から始めることが、無理のない第一歩となるでしょう。その手段として、Acrobatが大いに役立つはずです。
前多昌顕先生
YouTube:https://www.youtube.com/@maetaict
X:@johnnymaeta