長編ドキュメンタリー映画『大きな家』| 膨大な素材と向き合ったPremiere Pro+LucidLinkによる編集の舞台裏

モニターに映ったゲームの画面 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

近年、多くの映画作品が配信コンテンツやパッケージ化によって二次利用される中、劇場公開のみによってロングラン上映を続け、話題となっているドキュメンタリー作品があります。それが、児童養護施設で暮らす子どもたちの日常を丁寧に描いた長編ドキュメンタリー映画『大きな家』です。

ドキュメンタリー作品は一般的に興行面でのハードルが高いとされますが、『大きな家』は公開当初の予想を超える来場者数を記録し注目を集めています。先ごろ発表された日本映画批評家大賞では「ドキュメンタリー賞」を受賞。さらに5月末から6月にかけてドイツで開催される日本映画祭「ニッポン・コネクション」での上映も予定されています。

この作品の編集には、Adobe Premiere Proが使用されました。Premiere Proは膨大な映像素材を扱う数多くの長編プロジェクトで活用されており、本作でもその扱いやすさと安定したパフォーマンスによって編集作業の円滑化に大きく貢献しています。

本記事では『大きな家』のプロデューサー 福田文香氏と、編集を担当した小林譲氏、佐川正弘氏にインタビューを実施。膨大な映像素材を扱うために採用されたクラウド型ストレージサービス「LucidLink」とPremiere Proのプロダクション機能の運用方法を中心に、作品が生まれた経緯、子どもたちという被写体への向き合い方、大量の素材を扱う上での具体的なノウハウなどについてお話を伺いました。

白いシャツを着ている女性 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 『大きな家』プロデューサー 福田文香氏

丘の上にいる男 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 『大きな家』編集 小林譲氏

人, 屋内, 男, 若い が含まれている画像 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 『大きな家』編集 佐川正弘氏

まず初めに、映画『大きな家』を作ることになった経緯をお聞かせください。

福田:

企画・プロデュースを担った俳優の齊藤工さんは、この映画を企画する前に、舞台となった児童養護施設を訪れていました。そこで、ある少年がピアノを弾いて聴かせてくれたそうです。演奏のあと、「また来るの?」と少年に聞かれた齊藤さんは、すぐに答えることができませんでした。その一言が心に深く残り、「点」ではなく「線」として関わることの大切さに気づいたといいます。それ以来、子どもたちと継続的に関係を築いていきたいという思いを抱くようになりました。交流を重ねるうちに、この子どもたちの存在をもっと多くの人に知ってほしいという想いが強まってドキュメンタリー映画を作ることを考え始めました。

齊藤さんが竹林監督に声をかけたのは、以前JICA関連の番組で一緒に仕事をしたことがあり、信頼関係があったから。そして、前作『14歳の栞』の「映画館だけで上映する」という姿勢にも感銘を受けたからと聞いています。限られた場所で出演者のプライバシーを守りながら丁寧に伝えるその姿勢に深く共感し、「このチームなら一緒にやっていける」と感じていただけたのが理由だそうです。

準備期間から完成までかなりの時間がかかったと思いますが、制作全体の流れについて大まかにご説明いただけますか?

福田:

齊藤さんが施設と出会ってから約1年半後、竹林監督に声をかけられました。その後、齊藤さんと竹林監督は複数回施設を訪れ、約1年かけてじっくりとコミュニケーションを重ねました。本格的な撮影が始まって最初の数ヶ月は、子どもたちが私たちに慣れてもらう時間を意識的に設けました。子どもたちがネパールへ行く夏の合宿に私たちも帯同。撮影は開始から1年以上をかけて長期間にわたって行われました。

屋内, 人, コンピュータ, テーブル が含まれている画像 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

子どもたちと交流を深めながら撮影

編集作業は撮影期間中からスタートしました。まずはアシスタントが素材整理を行い、その後、竹林監督が思い描いた全体構成のイメージをもとに、主要な登場人物ごとに編集担当を割り振り、それぞれがショートフィルムを作るような形で編集が進められました。このショートフィルムの編集がある程度整った段階で、それらを1本の映画としてまとめる作業を主に小林さんと監督が担当。そこからさらに細かな調整を重ね、約1年かけて完成へと至りました。

小林:

編集チームは登場人物ごとのショートフィルムの段階から音楽も付けて、それぞれがひとつの作品として成立するレベルのクオリティで仕上げていました。長編映画として1本にまとめる際には、「映画としてどう機能するか」を意識しながら、全体を丁寧に詰めていきました。

お子さんの情報や児童養護施設という環境を取り扱われる上で、特に気をつけた点や心がけた点についてスタッフ間で共有されたことがあれば教えてください。

福田:

撮影と編集どちらも共通して言えることですが、児童養護施設が舞台の場合、メディアなどで切り取られる際に施設内の課題やお子さんのご家庭の過去といった部分に焦点が当たりやすく、ネガティブにも受け取られかねないことがあります。監督をはじめ、私たちは彼らが今そこで何を感じて、どう前に進もうとしているのか、そうした日常の姿をフューチャーしたいと考えていました。

監督も撮影前から、「今の彼らの姿を、彼ら自身が映像として見ることで、将来もし何かにつまずいたときに、それを振り返って〝今〟を肯定できるようにしたい」という考えを持っていて、この映画が彼らにとっての「お守り」のような存在になればという思いを持っていました。何かを意図的に演出したり、「こういう画を撮ろう」と狙うよりは、目の前で彼らが語ってくれた言葉や姿をできるだけそのまま観客に届けることを一番大切にしました。

小林:

実際に映画をご覧いただくとわかると思うんですが、この作品は重たさや悲しさにフォーカスした映画ではないんです。編集作業で悩むことはあっても、完成した映像はそういったネガティブな力を持たないものにしたいという気持ちがありました。

映像をつなげたときに「これで本当にいいのかな?」と何度も悩みました。30分くらい編集しては、ちょっと散歩に出ないと続けられなかったり。最初のうちは、そういうことを何度も繰り返していました。

佐川:

登場する子どもたちの日常と僕らの日常って、感じ方も価値観も全然違うと思うんです。まずはそこをちゃんと受け入れて、無理に理解しようとせず、「ありのままを見せる」ことを大事にしました。

それと、編集に入る前の段階で監督たちと打ち合わせをしたときに、「絆」というものの価値観を作品全体でどう描くかという話がありました。家族ではないけれど一緒に暮らしている関係性の中で交わされる「意味がないように見える会話」、それこそが実は大切だったりする。そういう日常の中にある宝物のような瞬間を探すということをすごく意識して編集に取り組んでいました。

ドキュメンタリーは撮影量が膨大になると思いますが、編集素材のボリュームはどのくらいありましたか。

福田:

撮影期間は長かったのですが、密着する中で信頼関係を築くことに多くの時間を使いました。実際にカメラが回っていたのは、すごくざっくり言うと600時間くらいです。

佐川:

ProResのプロキシだけで約7テラありました。素材を見るだけでもすごい量でしたね。

印象的だったのが撮影スタッフとお子さんたちの打ち解けた関係性。傍から見ていても、撮る側・撮られる側という感じではなく、本当に自然なつながりができていました。

小林:

撮影の途中からどんどん脱線していくんですよね。気づいたら子どもたちと一緒に遊んでたりして、カメラは回してるんですけど最終的には鬼ごっこで終わっちゃうみたいなこともありました。

草の上に座っている男性 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

約600時間の素材を見た上で、使用するカットは編集側で決めていたのでしょうか。それとも、監督から「ここを使いたい」という具体的な指示があったのでしょうか。

小林:

監督からは「この瞬間を使いたい」とか、「こういう構成で頭や終わりはこういうイメージ」といった話や、「この日にはこういう言葉が撮れているので、こういう時に使いたい」といった演出アイデアがたくさんありました。また、事前に全体構成のイメージの共有はされていましたが、編集側からもたくさんのアイデアを提案して、それを監督と考えながら、うまく全体像にはまるものを抽出してブラッシュアップしていくという感じでした。編集の自由度はかなり高かったと思います。

<クラウド型ストレージサービス「LucidLink」を採用>

ドキュメンタリーに限らず、膨大な素材を編集チームで共有する必要があるプロジェクトでは、安全かつ効率的に素材を扱うための優れたストレージシステムが欠かせません。

映画『大きな家』の編集では、そうしたニーズに応える手段として、LucidLinkのクラウド型ストレージサービスが採用されました。

LucidLinkは、異なるプラットフォームからでもクラウド上のオブジェクトストレージに直接アクセスでき、ファイルをダウンロードせずに離れた場所の端末間でスムーズにやり取りできるのが特長です。近年では、ビデオ制作、CG、ゲームなど、大容量ファイルを扱うメディア業界を中心に注目を集めており、本作の編集作業でも、Adobe Premiere ProとLucidLinkを組み合わせたクラウド環境がワークフローの円滑化に大きく貢献しました。このLucidLinkの運用についてもお話を伺いました。

ダイアグラム AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

LucidLinkの仕組みイメージ図

編集のワークフローにおいて、コラボレーションが課題だったとうかがいましたが、それは編集に取りかかる前の段階で生じた問題だったのでしょうか?

佐川:

前作『14歳の栞』も今回と同じような規模感で、全員がリモートでそれぞれ編集を行い、それを1本にまとめるという形で制作しました。当時はまだLucidLinkもPremiere Proのプロダクション機能もなかったため、作業は本当に大変でした。Googleドライブと各エディターが持つハードディスクを常に同期しながら進めるという方法で対応していたのですが、素材の量も多く、かなり苦労しましたね……。

今回の『大きな家』でも、前作と同じ体制で編集を進めることになったため、Premiere Proのプロダクション機能を使うことは自然な選択でした。そのうえでLucidLinkを導入する前に、まず他の共有ストレージサービスも試してみたのですが、操作を少し誤るだけで素材が何テラバイトも複製されてしまうなど、運用がとても不安定で難しいと感じました。このまま1年間編集を続ければ、いずれ大きなトラブルが起きると感じたのでアドビさんに相談して、以前から名前を聞いていたLucidLinkをぜひ使ってみたいとお願いし、ご協力いただく形になりました。

LucidLinkも他のストレージサービスも、クラウド上にデータをアップロードするという点では同じですよね。

佐川:

一度アップロードするという点では同じですが、GoogleドライブやDropboxは、クラウド上のデータと自分のハードディスクを同期させる仕組みです。つまり、クラウドとローカルの両方に同じデータが存在する状態になります。一方でLucidLinkは、データがサーバー上にのみ存在し、映像をストリーミングのようにインターネット経由で読み込んで作業する仕組みです。細かいキャッシュデータは自動でローカルに保存されますが、基本的にはすべてのデータをローカルに保持せずに作業が可能です。

この仕組みは、従来のポストプロダクションでサーバーにアクセスして作業する感覚に近いです。自分のパソコン上には外付けSSDのような「LucidLink」のアイコンが表示され、そこを開くと違和感なくサーバー内のファイルにアクセスできます。映像の再生・保存・削除もできて、複数人でのファイル共有にも対応しています。

グラフィカル ユーザー インターフェイス AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

パソコン上には外付けSSDのような「LucidLink」のアイコンが表示される

編集作業におけるファイルアクセスのパフォーマンスはいかがでしたか。

佐川:

ファイルにアクセス上でのトラブルはほとんどありませんでした。ただ、今回は日本とイギリス間での作業だったため、クラウド上の作業とはいえ物理的なサーバーの位置による影響があり、日本のサーバーを使用していたことから、日本で開く場合とイギリスで開く場合とで若干の快適さの違いが生じました。その部分は事前に素材を多めにキャッシュしておくなど、工夫しながらうまく乗り越えることができたと思います。

小林さんがイギリスからアクセスされたんですよね。少しパフォーマンスが違ったということですか。

小林:

東京の皆さんは最初から非常にレスポンスが良い環境でLucidLinkが動いていて、「これは楽でいいね」といったコメントが次々に上がってきてたんです。でも、僕はその感覚がわからないままLucidLinkを使い始めたところ、ストリーミング再生でよくあるような再生ボタンを押して少し待つ感じがのラグがありました。

そこで、LucidLinkのサポートに相談したところ、「キャッシュをしっかり作る」という解決策を提案してもらいました。まずは自分のパラメーター設定画面でキャッシュの容量を増やすように調整し、さらに素材フォルダごとに「キャッシュを優先する」という設定にしました。今日はこの素材をたくさん使うぞという日には、その設定をオンにして、ラグが出ないようにしていました。

キャッシュさえあれば快適に使えるので、600時間分の素材を扱ってPremiere Proのプロダクション機能で多数のシーケンスが問題なく動いているのは、すごいことだと思います。

携帯電話の画面のスクリーンショット AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 LucidLinkのファイルスペースやキャッシュなどの設定画面

佐川:

たぶん、僕らが使っていた頃よりもLucidLink自体が進化していて、今はPremiere Proの中に拡張機能というか追加のプラグインがあって、当時よりずっと簡単に設定できるようになっているはずです。(※LucidLink Panel for Premiere Proがリリースされています。LucidLinkのエクステンションをPremiere Proのパネルに組み込んで、個々のファイルの「ピン留め」をするなどが可能になりました)

モニター, 屋内, スクリーンショット, 座る が含まれている画像 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 LucidLink Panel for Premiere Pro(画面左上)

テキスト AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 LucidLink Panel for Premiere Proでは、個々のファイルの「ピン留め」が可能

撮影データをアップロードしたあと、編集用の素材をどのように整理していたのか、また、各担当がどのような流れで編集作業に取りかかっていったのか。その全体的なプロセスについて、あらためて教えていただけますか。

佐川:

制作チームがすべての撮影データをオフライン編集用に変換し、LucidLinkのチームフォルダにアップロードしてくれていました。その後、編集アシスタントが素材整理を進めてくれて、素材は基本的に撮影日ごとに分類して管理していました。

小林:

TCはフリーランで収録していて、日付ごとのシーケンスの中に実際の時間に沿って素材が飛び飛びに並んでいるという形をとっています。これが「素材シーケンス」と呼ばれる編集用のベースとなるシーケンスです。そのほかに、監督との会話などで内容がまとまっている部分は別のシーケンスに分けて、文字起こしなどの作業に活用するようにしていました。

佐川:

素材整理までは統一した手順で作業を進めていましたが、各自が編集を始める際は、それぞれが必要な抜きシーケンスを作成したり、共有用のインサート素材をまとめたシーケンスを作ったりしていましたね。できるだけ自由に権限を持たせ、いい素材があればみんなで集めていくようにしました。また、個々が自分だけのとっておきのシーケンスを作って保存することもあり、それぞれ自由な方法で作業を進めていきました。

プロダクション機能は、プロジェクト単位でもファイル単位でも整理できるのが特徴ですよね。今回の作品では、そういった使い方の中で工夫された点や便利だった点があれば教えていただけますか。

小林:

プロダクション機能の良さを感じたのは、例えば、夕焼けが綺麗なシーンが何日か続くと、誰かが「夕焼けきれいシーケンス」のようなシーケンスを作って、そこに追加していく感じで自然と共有が進んでいくんですよね。面白かったのが「この瞬間めっちゃ良くない?」と思えるカットが並んでいるシーケンスがどんどんでき始めて、すごく便利だなと思いました。

テキスト AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

Production機能を利用して使いたいカットが溜まっていく

編集していると、脈絡がなさすぎてすぐには使いにくいけれど、「この表情はどこかで絶対使いたい!」と思う瞬間って意外と多いんですよね。プロダクション機能を使うことで、そういったとっておきのシーンが自然と集まり、チームで共有されていく。その流れがすごく良かったなと感じました。

モニター画面に映るゲーム画面 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 共有シーケンスの例

佐川:

素材整理用のプロジェクトとは別に、エディターごとのフォルダを作って、その中に各自の編集プロジェクトを入れる、という構成にしていましたね。それぞれが自分なりのスタイルでプロジェクトを管理できるようになっていて、編集の進み具合を見てもらいたいときは、そのプロジェクトを直接開いてもらえばOKですし、こっそり他のエディターがどこまで進めてるかを見てみる、なんてこともありました(笑)。

小林:

見に行くことは多分やってるよね(笑)。

佐川:

あと他のメンバーがどういうトラックの使い方をしているのか確認もしたりします。

小林:

大事だね。

佐川:

各々が作ったショートフィルムを1本にまとめる時、字幕トラックがバラバラだと手間がかかるだろうなと思って、特別なルールを決めたわけではないですが、みんなのシーケンスを見ながら、統合しやすいようなトラック編成にしていました。プロダクション機能のおかげで、それぞれの作業内容を事前に確認できたので、わざわざ打ち合わせをしなくても他のメンバーの作業の仕方を理解しながら編集を進めることができました。

LucidLinkを利用したPremiere Proのワークフローを誰かにオススメするとしたら、どんな作品づくりに向いていると感じましたか?

佐川:

全部じゃないですか(笑)。

むしろ、「このジャンルでは使わない方がいい」というケースは、あまり思い浮かばないですね。感覚的には、自分のハードディスクに直接つながっているような使い心地なので、ジャンルに左右されるというよりは、作業スタイルやスキルに関係してくるのかなと思います。PCにあまり慣れていない方が使うと、誤ってデータを消してしまう可能性もあるので、ある程度の知識や経験は必要になってくるかもしれません。

今回も、作業に入る前にプロダクションの使い方についての講習のような時間を設けて、「これはやっちゃダメ」というルールをメンバー全員で共有しました。たとえば「Finder上でプロジェクトを複製しない」など細かい決まりごとはたくさんあるんですが、最初にそれをしっかり話し合ってから作業に臨みました。

小林:

どこかでルールを間違えていたり操作が曖昧だったりするとエラーが出てしまうことがあります。例えば、使っているクリップが全然別のプロジェクトに紐づいていて、そちらのプロジェクトが開いてしまうとか。LucidLinkとプロダクション機能って、内部でしっかりルール化をしておかないと、想定された美しいワークフローから外れてしまって、本来のパフォーマンスが出にくい可能性があるんですよね。何も考えずに使えるかと言ったら、そうではないので、ちゃんとルールに従って慎重に運用しないといけない印象はあります。

文字起こしも編集に活用されたとのことですが、具体的にはどのように活用されたのか、お聞かせいただけますか。

福田:

インタビューで1時間ほどしっかり話しているような場合は、制作側で文字起こしを行っていました。Premiere Proの文字起こし機能を使って発言内容を自動でテキスト化し、その後、実際の発言と異なる部分を修正してキャプションを作成して、編集チームに共有するという流れですね。

小林:

まだ文字を選択して編集する機能がなかった時期なので、その点は使っていませんが、文字起こし機能自体は非常に活用しました。

撮影中、カメラが回っていても誰も喋っていない時間が多くある中で、ぽつんと発言があると、それが文字として視覚的に把握できるので編集の手がかりになります。「あ、この子がここで喋っていたんだ」といった発見があってとても助かりました。

また、インタビュー以外の部分で気になる発言や会話があったときも全てを記憶できるわけではないので、「あの時、こんなこと言ってたけど、どこだったかな?」と思うことがよくあります。そんな時に文字を活用するとすぐに見つけられるので本当に便利でした。

福田:

素材整理を担当したアシスタントが、ただTCを並べるだけではなくて「誰々が夕食」「誰々が何して遊んでる」といったテキストメモを残してくれていました。後から検索して振り返るときに見つけやすいように、素材整理の段階でそういった情報を含めたメモを入れておいてもらうようにしていましたね。

モニター, テレビ, 画面, コンピュータ が含まれている画像 AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 テキストメモの例

佐川:

あと、テキスト関連で自分が特に良かったと感じたのは、素材を見ているときにシークエンス上にシーンの説明や誰が出ているかを書き込んだり、この画を見て自分がどう感じたかといった感想をひたすら入力していったことですね。編集のアイデアを書き込んで、それをCSVで書き出してExcelやNumbersで一覧にして整理していました。

編集を本格的に始める前、まだシークエンスに触る前の段階でそのテキストを眺めるんです。そうすると、「この感情とあの感情は繋がるかもしれない」といったひらめきがあったりして、意外とそこで答えが見つかることがあるんですよね。一度映像を見ただけでは、すべてを頭に入れるのは難しいので、そのとき自分が感じた熱量や感情を文字にして残しておくことが大事だと改めて思いました。

小林:

メモを貼っておく、という感じですよね。

実は、佐川くんが残してくれたメモがすごく役立ちました。後で僕が同じ素材を見に行って、何かを探さなきゃいけないときに、そのメモが手がかりになるんです。まるで、森の中を先に佐川くんが歩いて、ところどころに木にメモを貼っておいてくれたような感じ。それを頼りに僕は森を抜けていく、みたいな(笑)。

例えばある箇所に、「よく分からないけど、すごく感情が高まった瞬間だった」と書いてくれていて。子どもたちの表情や、撮れている映像のちょうどいい具合など、そのとき感じたことをメモしてくれていたんです。そういった情報から、文字起こしのさらに先の感覚に触れることができたような気がします。

コンピューターの画面のスクリーンショット AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

コンピューターの画面のスクリーンショット AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

テレビの画面のスクリーンショット AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。 Production機能を利用したメモの共有の例

文字情報を活用されていますが、編集に活かすうえで注意していることはありますか?

佐川:

完璧だと思わないということですね。それは全般において言えることですが。

小林:

佐川くんとよく話すことなんですが、文字情報だけを追っていくと、文脈の中にあるちょっとした「間」や、言葉にしなかったときの表情が抜け落ちてしまうんじゃないか、という懸念が僕にはすごくあるんです。実は言い淀んでいる瞬間や言葉を選んでいる時の表情こそが、とても重要だったりする。

言葉をテンポよく繋いでいく、いわゆるYouTube的な編集とは違って、こういった作品の場合、「言っていない時」の方がむしろ多くを語っていることもある。だからこそ、その使い分けが本当に大事だなと改めて思いますね。

Premiere Proを長編ドキュメンタリーの編集で使ってみた感想をあらためてお聞かせください。また今後、Premiere Proに期待している機能があれば教えてください。

小林:

2019年頃に編集していた『14歳の栞』のときと比べると、Premiere Proのプロダクション機能が追加されて、それ以外にも内面的な改良も加わって飛躍的に進化していると思います。当時はプロジェクトを立ち上げるだけで動作の重さが気になる場面もありましたが、今はそういう「重たいな」とか「長編は無理そう」といったイメージはなく、今回の長編作品も扱えたように思います。

佐川:

「メディアインテリジェンスビジュアル検索」にはものすごく期待しています。AIがフッテージを分析することで自動で画を探してくれる機能ですね。あれを活用すれば、次の作品ではもっと早く編集できるんじゃないかと思います。

小林:

僕も期待してます。あとは「自動生成SE(効果音)」も期待している機能のひとつです。例えば森の映像を見たときに、「もう、これ森の音つけてよ!」って思うんですよ。いまは「森」とか「鳥」とかで検索して効果音を貼り付けたりしていますが、本当は何もしなくても鳥がチュンチュン鳴いててほしい(笑)。最近はAdobe MAXスニークプレビューで声でSEをリクエストするとそれっぽくしてくれる機能が出てきてますよね。たぶん、もう実現が見えてきている部分だと思うので、とても期待しています。

最後の質問になりますが、『大きな家』が公開されてから数カ月が経ちました。これまでの作品への反響や、今後の展望についてお伺いできればと思います。

小林:

児童養護施設というと、どうしてもネガティブなイメージや固定観念が付きまといがちですが、この作品はそういうイメージに対してアンチテーゼを投げかけられたのではないかと思っています。実際にご覧いただいた方からも、「イメージが変わった」「思っていたよりも明るい場所だった」といった声が多く寄せられました。

ドキュメンタリーに詳しい批評家の方々からも好意的な評価をいただいており、一般の視聴者からの感想も、非常にポジティブなものが多かったです。僕らがこの作品に込めた思いが、しっかりと伝わったのではないかと感じています。今後については……そうですね。監督の次回作もご期待ください。

佐川:

ドキュメンタリー作品って、実はすごく苦手だったんです。湿っぽくて全然笑いも起きない、どちらかというと「嫌いなタイプ」だと思っていたんですよ。

でも、『14歳の栞』のときにご一緒させていただいて、そこで初めてドキュメンタリーの楽しさが分かった。今回もまたご一緒できて本当に光栄でしたし、編集作業もとても楽しくやらせていただきました。

今の映像制作ってAIで本格的なCGが作れたり、技術的にいろんなことができるようになってきていますよね。でも、ドキュメンタリーのように「人間の内側」を描く作品って、まだまだAIにはできない領域なんじゃないかと感じています。そういった「人間くさい」映像作品を作りたいと思う人は、これからどんどん増えてくると思うんです。だからこそ、僕自身も編集のやり方などを発信しながら、今後はそういう作品づくりを目指す人たちの力にもなれたらと考えています。

福田:

ドキュメンタリーは見に行くのにハードルがある印象を持たれがちなんですが、そんな中で前作の劇映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』と同じくらいの方々がこの作品に足を運んでくださったというのはとても嬉しいことでした。そして個人的に特に嬉しかったのは、取材させていただいた子どもたちがこの映画をすごくポジティブに受け取ってくれたことです。あるお子さんは劇場で4回も観てくれたそうです。映画を見てくださった方々を始め、世の中の反応に触れる中で、彼ら自身も「自分たちの〝今〟を肯定してくれている」と感じられるような、そんな空気が少しずつ広がっているのかなと思っていて、それが何よりも嬉しいです。

今後の作品の展望で言えば、大きな家も『14歳の栞』と同じように子どもたちがいいよと言ってくれる限りにおいては、続けて上映して、長く愛される作品にしていきたいなと思っています。