カラーマネジメントはPremiere Proに何をもたらすか? 〜概要編〜

新しくAdobe Premiere Proに搭載されたカラーマネジメント機能。カメラ素材のメタデータを自動的に読み込んで、適切な表示方法に変換など様々なことができる機能ですが、実際のところユーザーにどのような恩恵があるのでしょうか?6回の連載によって、その全貌を明らかにしていきたいと思います。

連載内容(予定)

<Vol.1> 概要
<Vol.2> 使用例
<Vol.3> FAQ
<Vol.4> 変化する撮影現場 〜カラーマネジメントを考慮した撮影法とは〜
<Vol.5> 実践編(制作事例)
<Vol.6> 番外編:カラーマネジメントを応用するための映像技術解説


<Vol.1>では、まずはカラーマネジメント機能とは何なのか?その概要を説明しましょう。

カラーマネジメントが必要とされる理由

現在、クリエイターの映像制作環境はとても複雑です。まず機材がハイエンドからコンシューマーまで4K以上の解像度で収録できる小型で多機能なカメラが多くのメーカーから発売され、様々な映像素材を撮影することができます。また映像制作の裾野も広がり、プロからアマチュアまで様々な映像制作者が存在し、結果として編集システムで取り扱う映像素材も多様なものになっています。

そのような状況を踏まえてカラーマネージメントが必要とされる理由を以下に挙げます

「Logや複数のカラースペースが混在した素材での制作が増えたため」

まず撮影機材として、本格的な動画撮影が可能なミラーレスカメラやスマートフォンまで、安価で動画制作・ライブ配信などの撮影に対応したカメラの普及に伴い、Log(ログ)形式での撮影ができる環境が増えました。それとともに、カラースペース(色域)もさまざまなカラースペースで撮影する使用場面が増えました。

そこでまず、Logとは何なのか?カラースペースとは?簡単に説明すると、、、

Log(ログ)は、ガンマカーブと言われるもので、元来、本当に見えている黒から白までの明暗の範囲(階調=ラチチュード)を、一般的なTVモニターでも再現できるように映像データを圧縮して収録する形式で、一般的には編集システムの後処理によってリッチな映像に再現できるようにしたデータです。明るいところから暗いところまでを、より広いダイナミックレンジで見た目に近い表示をするための映像収録方法です。

カラースペース(色域)とは、カラーバリエーションの表現範囲で、こちらも通常のTVモニター等で表現できる範囲であるRec.709や、HDR(ハイダイナミックレンジ)より実際の人間の見た目に近い色の範囲で表現するものなど、いくつかの色域があります。

現在カメラメーカーごとに独自のLogやカラースペース(色域/ガマット)を持っています。例えば、ソニーのS-log/S-Gamut、パナソニックのV-log/V-Gamut、REDカメラのRed Wide Gamut/Log3G10 …などがそれです。

※このLogとカラースペースに関しての技術的な詳細は、このブログの第6回で説明します。

当然ながら現在の映像制作では、Logやカラースペースを意識して扱わなくてはいけなくなりました。場合によってはこれらを複数混合したデータを扱う場合も多くなりました。

これらの制作においてわかりやすい例として、例えばカラースペースに関しては、映像制作におけるタイトル/静止画の編集です。編集で使われるタイトルや静止画のカラースペースはRec.709もしくはsRGBです。これまでは映像側のカラースペースもRec.709だったため、問題はありませんでしたが、現代においてはそうとは限りません。HDRで利用されるRec.2020や、それぞれのログ(と色域)形式が提供するカラースペースなど異なるものが複数あります。これらを混在させなくてはいけません。

「出力形式としてSDR/HDRなどの形式が求められるようになったため」

最近では、SDR(スタンダードダイナミックレンジ)、そしてHDR(ハイダイナミックレンジ)への出力のバリエーションも増えてきました。TVモニターなど従来からのメディア向け制作でも、SDRの標準規格であるRec.709、HDRならばRec.2100 PQ/HLGなど多種にわたります。

時代に求められた「カラーマネジメント」

複数のLogやカラースペースが混在する現在の映像制作の諸条件を解決できるのが、今回のAdobe Premiere Proに搭載された「カラーマネジメント」機能になります。ここではカラーマネジメントの恩恵を様々な角度から見ていきましょう。

カラーマネジメントを利用する前までの課題

この「カラーマネジメント」機能を利用できる前の状況を以下に挙げます。

<1>「本来の表現(撮影された映像素材が持っている情報)」を的確に表示できていなかった

→ これは、カメラで撮影された元のLogとカラースペースの素材を、Rec.709という一般的なSDRのカラースペースに収めて表示することしかできず、元の素材がもしRec.709より大きなカラースペースを使って撮影/収録されていた場合、その本来持っているカラースペースの色情報は失われていました。

<2>出来上がるコンテンツはRec.709だけ

→ これまでほとんどの編集システムは、Rec.709での編集を目的にしていた=TVモニター等での表示が最終納品形式だったので、ほとんどがRec.709のみの出力でした。

これが時代の移り変わりとともに、劇場上映向けのより繊細な表現を求められる映画作品がデスクトップで編集される時代になり、またYouTube等でのHDR配信や、Netflix等のネット配信ドラマでの4K/HDR作品などの普及とともに、スマートフォンやタブレット端末の表示デバイスの高解像/高色域の高画質化によって、HDRのような広いカラースペースを要求されるコンテンツも増えてきました。

カラーマネジメントは何をするのか?

カラーマネジメントは簡単に言えば、カメラメーカーによって異なる様々なLog形式や、多岐にわたるカラースペースで収録された映像データを、まとめて大きな入れ物に入れて、基準を整えることができます。

入力用カラースペース

まず最初に”大きな入れ物”である「作業カラースペース」に入れる前に、「入れる物」(素材)の形を決めます。これが「入力用カラースペース」です。これは映像のメタ情報で自動的に設定されたり、手動で設定することができます。

作業カラースペース

次に”大きな入れ物”となる「作業カラースペース」に素材を入れます。同じ入れ物に入れることによって制作時の基準を整えます。様々な大きさのカラースペースを扱うことから「作業カラースペース」は「入力用カラースペース」より大きなものが望まれます。

※「作業カラースペース」より大きなものは色域圧縮やトーンマップ処理をして入れ物に入れます。

これにより、本来であれば素材のカラースペースが異なると、同じ色指定値であっても色が異なりますが、これを整えて、編集する際に色指定値の基準を同じにします。これにより異なる色域だった複数の映像素材でも、色調整や明るさ調整がスムーズに行えるのです。

出力カラースペース

最後に制作目的のコンテンツのカラースペースに合わせる処理をします。これが「出力カラースペース」になります。

ここまでの内容からわかるように「作業カラースペース」は「出力カラースペース」と同等かそれより大きなものが望まれます。「出力用カラースペース」が「作業カラースペース」より小さいものは色域圧縮やトーンマップ処理をして「出力カラースペース」に収めます。

これらがカラーマネジメントによる処理です。

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カラーマネジメントの流れ

カラーマネジメント機能で何が変わるのか?

この新しい「カラーマネジメント」機能で何が変わるのでしょう?いくつかの例を見ていきましょう。

Logとカラースペースの形式を「本来の表現」に解釈してくれる

まず「入力用カラースペース」における処理ですが、これを設定することで、Logとカラースペースの形式をカメラで撮った「本来の表現」の形式に変換します。

Premiere Proは、映像データに含まれたメタデータを自動解析して、どのカメラメーカーのどのLog形式かを自動判別して、ほぼ自動的に設定してくれます。

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ログ形式の変換

SDR/HDRそれぞれのカラースペースへの出力ができる

Rec.709に限らず、SDR(Rec.709)/HDRそれぞれのカラースペースへの出力ができます。

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書き出せるカラースペースのリスト

このように現在の映像制作には、異なるLogやカラースペースを取り扱うことが必要されますが、これらの課題に応えるのがカラーマネジメント機能なのです。
まさにこれからの動画クリエイターには必須な機能ですね。

カラーマネジメントを使うその他のメリット

Premiere Proのカラーマネジメント機能の最大の特徴は、ACEScctという、映画芸術科学アカデミーの支援のもとで決めた広いカラースペースが基準になっていることです。これは異なる入力ソース間(カメラ、VFXなど)の色空間を標準化することを目的として設定されたカラースペースです。このACESのワークフローをPremiere Proユーザーが有したことで、一般的な映像制作にとどまらず、映画制作者までも、これまで一般的だった、LUTを使った撮影方法なども大きく変わる可能性もあります。

※ACEScctについては、第6回で詳しく説明します。

カラーマネジメント機能を介することで、従来のRec.709の編集作業でも、下記のメリットがあります。

ワークフローをよりシンプルに。

・LUT(Look Up Table)をその都度適用しなくてもよい。

・ほとんどのカラースペースに対応している。

・さまざまなメディアへ書き出しへの対応が簡単。

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出力形式の例

新しいPremiere Proでは、より高精細に色調整が可能

・LUTではなく、オプティカルトランスフォーム処理をしているため、再現性が高い。

・ACEScctの広い作業カラースペースにより、素材のカラースペースを活かした調整ができる。

などあります。これまでの編集作業のワークフローにおいても、カラーマネジメントは大きなメリットがあるのです。

まとめ

Premiere Proは、以上のような素晴らしい能力を手に入れました。

このカラーマネジメントの考え方は、一部の映像クリエイターには、これまで縁のない事柄や意識していないことも多いかもしれません。しかし、これからの映像コンテンツ制作において、不可欠なものであることは間違いありません。

次回以降このブログでは、このカラーマネジメント機能が、これからの映像制作の環境をどのように革新する可能性があるのか?を解説していきたいと思います。

txt:高信行秀 構成:石川幸宏 撮影:マリモレコーズ 撮影協力:TSUKUBA BREWERY(つくばブルワリー)