小学一年生の文字をフォントにしたヨコカク「こどものじ」と岡澤慶秀さんの取り組み|Adobe Fontsパートナー紹介17
文字に豊かな表現力を与えるフォントは、クリエイティブには欠かせない道具のひとつです。アドビが展開する「Adobe Fonts」は、グラフィックデザインやweb、映像といったさまざまなフィールドでフォントを自由に使えるクラウドサービスで、2025年7月現在、30,000以上のフォントが提供されています。
この記事では、Adobe Fontsに参加する200を超えるフォントメーカーやタイプデザイナーから、ひとつのパートナーをピックアップ。歴史や特徴、Adobe Fontsで利用可能なフォントを紹介していきます。
筆で書かれた文字が身近にあった幼少期
今回紹介する「ヨコカク」は、タイプデザイナー・岡澤慶秀さんが普段の受託業務では手がけることのない、実験的な書体コンセプトに取り組む個人プロジェクトです。これまでのフォントにはない、さまざまな挑戦が盛り込まれたユニークな書体をいくつもリリースしています。
https://fonts.adobe.com/foundries/yokokaku
30年以上にわたり書体デザインの現場で活躍する岡澤さんは、どのように文字に興味をもち、なぜ、書体の世界に足を踏み入れたのでしょうか。岡澤さんのこれまでを紐解きます。
岡澤さんは、長野県にある金峯山長谷寺に生まれました。千社札や卒塔婆、盆暮正月に掲示される手書きのポスター等、筆で書かれた文字は常に身の回りにあり、住職を務めていた父が卒塔婆やポスターの文字を書く姿は、幼少期の記憶として、いまでも残っているそうです。
その頃、寺では書道教室が開催されており、岡澤さんもまたそこで書を学び始めました。教室が閉じられたあとも、選択授業では書道を取るなど学びは続けていましたが、“文字を書くこと”を仕事にすることも、書道を仕事にするということも、このときは思いつきもしなかった、と言います。
上:長谷寺のお堂(左)と寺額(右)/下:書き文字のある風景
篠原榮太さんに出会い、書体デザインの道へ
小中高と年齢を重ねるなかで、岡澤さんは漠然とデザイナーの仕事に興味を持つようになり、高校のとき、美術大学への進学を決意します。美術大学受験に向けて準備を進め、選んだ学校は多摩美術大学グラフィックデザイン学科。ここで、現在へとつながる運命的な出会いがありました。
その相手こそ、篠原榮太さん。テレビ局所属のデザイナーとして数々の名タイトルロゴを生み出した、レタリング(書き文字)によるデザインの第一人者です。タイプデザイナーとしても知られ、現在でもモリサワ「新隷書体」(現在の「隷書101」)、「篠」(当時はリョービからリリース)などで、その仕事を見ることができます。
上:篠原さんが手がけたタイトルロゴの一例(『テレビタイトルロゴタイプ』著:篠原榮太/発行:兼六館出版/発行年:1992年 より)/下:篠原さんが制作した書体の一例。上は「まるたくん」、下は「篠-B」(『写植綜合見本帳VOL.10』発行:朗文堂/発行年:1985年 より)
このとき、篠原さんの教えを受けたことは、岡澤さんにタイポグラフィと書体制作に対する深い興味を持つきっかけとなると同時に、タイプデザイナーへの道を歩む決定的なできごととなりました。「篠原先生に出会わなかったら、まったく別の仕事をしていたのではないか」。岡澤さんは篠原さんとの出会いをそう振り返ります。
大学卒業にあたり、岡澤さんは篠原さんに就職先を相談。書体制作に関わることができる企業を検討するなかで、選んだのは篠原さんに紹介を受けた字游工房でした。1990年代はじめの字游工房は、大日本スクリーン製造*から依頼を受けたヒラギノフォントの制作真っ只中。その制作スタッフとして加わったことで、岡澤さんのタイプデザイナーとしてのキャリアはスタートします。
*当時。現在、ヒラギノフォントの権利はSCREENグラフィックソリューションズに継承されています。
岡澤さんが字游工房時代にチーフデザイナーとして担当したおもな書体
字游工房で経験を重ねた岡澤さんは、2009年にタイプデザイナーとして独立します。当初は個人として仕事を受けていましたが、2019年、岡野邦彦さんとともに「合同会社おりぜ」を設立。現在は、ヒラギノフォント等、さまざまなフォントの開発・制作に携わっています。
合同会社おりぜとして開発・制作を担当したおもな書体
オリジナルティあふれる「ヨコカク」フォント
これまで明朝、ゴシック、丸ゴシックと、いわゆる基本書体を多く手がけてきた岡澤さんですが、「ヨコカク」ではまったく異なるコンセプトで書体を展開しています。
「こどものじ」は当時、小学校一年生だった姪の文字をもとに作られた書体です。文字を覚えつつある時期ならではの文字のかたちに惹かれ、少しずつ文字を書いてもらうことで、必要な文字を収集。スキャンした文字の大きさ、太さを調整しながら、フォントとしてバランスのよいかたちにまとめています。
「こどものじ」のもとになった文字
「どうろのじ」はその名の通り、道路に書かれた文字をモチーフにした書体です。文字が掠れていく様子を5段階で表現しており、スタイル名には東京環状線の名前(+裏道)が割り当てるなど、ネーミングもユニーク。道路ならではの特殊な記号も収録されています。
「ドットのじ」は「こどものじ」制作の合間に制作した、レシートの文字をモチーフにした書体です。当初は仮名だけでしたが、徐々に字種を拡張し、最新版ではAdobe-Japan1-3の漢字(Std相当)まで収録。今後は「ドットのじ」のハングル版にも挑戦したいと岡澤さんは意欲をにじませます。
岡澤さんが「ヨコカク」として開発・制作した書体
Adobe Fontsで使えるヨコカクフォント
2025年7月現在、Adobe Fontsで使えるヨコカクフォントは「こどものじ」1書体です。収録している文字は、ひらがな、カタカナ、英数字、基本的な約物と記号類で、漢字は含まれていません。
フォントの各文字は字幅情報をもっているため、Adobe Photoshop、Adobe Illustrator等のデザインアプリケーションで、カーニング値を「メトリクス」にする/または「プロポーショナルメトリクス」設定をオンにすると、実際に手書きしたかのようなバランスのいい文章に仕上げることができます。
文字種が限られているため、用途は限られますが、リアルな手書き文字でありながら、バランスのよいテキストに組み上げることができるので、“子どもが書いたような、自然な文字”が必要なときの、唯一無二の選択肢になるでしょう。
こどものじ https://fonts.adobe.com/fonts/kodomonoji
味わいのある手書き文字フォントセット
Adobe Fontsで使用可能な多くのフォントのなかから、イメージや目的にあわせて厳選して提供する「フォントパック」に、「味わいのある手書き文字フォント」が追加されました。収録しているのは、ここで紹介した「こどものじ」を含む6つのフォント。デザインにあたたかみのある手書き文字を取り入れたいときに最適なフォントセットです。
- こどものじ
- 竹みだれ
- 竹おれ
- 竹おうぎ
- 竹くずし
- 竹ゆらり
ヨコカク(岡澤慶秀)
web|http://www.yokokaku.jp/
ヨコカクストア|https://yokokaku.stores.jp/