書道家・中本白洲さんの文字を忠実にフォント化。伝統と格式を備える日本書技研究所の文字|Adobe Fontsパートナー紹介19

日本書技研究所|メインビジュアル

文字に豊かな表現力を与えるフォントは、クリエイティブには欠かせない道具のひとつです。アドビが展開する「Adobe Fonts」は、グラフィックデザインやweb、映像といったさまざまなフィールドでフォントを自由に使えるクラウドサービスで、2025年9月現在、30,000以上のフォントが提供されています。
この記事では、Adobe Fontsに参加する200を超えるフォントメーカーやタイプデザイナーから、ひとつのパートナーをピックアップ。歴史や特徴、Adobe Fontsで利用可能なフォントを紹介していきます。

小・中・高、それぞれの学校で出会った書道の師

今回紹介する日本書技研究所は、1970年に書道家・中本白洲(なかもと はくしゅう)さんが設立し、1999年に法人化された会社です。
60年を超える書道経験を活かして、自ら揮毫した文字を高品質なフォントとして展開しているほか、書の技法を伝えるYouTube動画を1,200本以上も公開するなど、書の教育・普及にも尽力。さらに「白洲賞状フォント」を使った電子筆耕サービスや、自宅で独学学習が可能な「ペン字トレーニング」といった、書とテクノロジーをかけあわせたサービスも積極的に展開しています。
“書”の文字と、フォントの文字……一見、相容れない両者を融合し、多彩なフォントやサービスへと昇華させてきた中本さんは、どのようにして“書”の世界からフォント開発の道へと歩むことになったのでしょうか。その背景を紐解きます。

日本書技研究所|ペントレ

日本書技研究所が展開するペン字トレーニングサービス「中本白州のペントレ」

1948年、愛媛県松山市に生まれた中本さんは、小学校3年生のとき、書道家でもあった国語の先生との出会いをきっかけに書道に触れることになります。偶然にも先生の子と同級生だったことから、ともに書道を学ぶ関係になり、ライバル意識を持ちながら、必死に練習を重ねていきました。
中学校に進むと、その学校にも書道に熱心な先生がいたため、中本さんはバレー部と掛け持ちで書道を継続。ここでは自分よりも上手な同級生に刺激を受け、“もっとうまくなりたい!”という想いを胸に、懸命に書道に取り組んだと言います。
中本さんは、この二人の師の出会いを、“書の道を歩む、大きなきっかけになった”と当時を振り返ります。
続く、高校では日展の審査員を務めるほど書に精通した先生から、“教壇に立つようになってから、ここまで上手な生徒ははじめて”と絶賛されたことで、中本さんのなかで自信が芽生えるとともに、書道への情熱がますます高まっていきました。

日本書技研究所|酒ラベル

中本さんが揮毫したお酒ラベルの一例(日本書技研究所webサイトより)

石橋犀水先生との出会い〜リコーでのフォント開発

大学進学のために上京した中本さんは、工学の勉強だけでなく、書道も学び続けたいと考え、高校で使っていた書道教科書の執筆者・石橋犀水(いしばしさいすい)先生の自宅を訪ねます。
ツテも約束もない訪問は二度、空振りに終わりますが、三度目にして、ようやく先生と会うことが叶います。この出会いをきっかけに、大学と並行して石橋犀水先生のもとで書道を学ぶ生活が始まり、勉強の合間を縫い、睡眠時間を削ってまで、毎日のように千字文を書き続け、その枚数は一月に2,000枚に及んだそうです。

大学卒業後は工学の知識を活かし、東芝ベックマン株式会社に設計士として就職した中本さんでしたが、“書道をやりたい”という強い気持ちを抑えきれず、ほどなくして退職を決意。日本書技研究所を立ち上げると、書道家として研鑽を積みながら、書道を教えるようになります。
当初は書道とアルバイトをかけもちしながらの生活を続けていましたが、周囲からの勧めもあり、再度、就職します。
このとき、中本さんが選んだ会社は株式会社リコー。“書の文字をフォントにする”という活動はここから始まりました。

日本書技研究所|字母資料

毛筆系フォントの字母はすべて中本さんが揮毫。これまでに手がけたものはすべて手元に残されている

1997年、リコーのフォント事業部は毛筆系フォントの開発にあたり、社内でも書で知られていた中本さんに上司を通して字母の揮毫を依頼します。中本さんは通常業務を終えた後にこの作業に取り組み、翌1998年に中本さんにとって最初のフォントとなる「HG白洲毛筆太楷書」が完成しました。
以降、パソコンの普及とともに、毛筆文字データの需要が高まると、書道家・中本白洲としての活動も広がりを見せ、さまざまな毛筆系フォントの開発、年賀状ソフトなどへの文字提供を行なうようになります。
2001年に紀伊國屋書店から発売された『筆文字鏡 〈巻之一〉 楷書』では、73,339字をわずか一年で揮毫するという偉業を達成。当時は1日400文字書く必要があったため、出張先、旅行先にも筆を持って赴き、万が一の事態に備えて、飛行機にも乗らなかったといいます。

日本書技研究所|webサイト

日本書技研究所のwebサイト。「白洲賞状フォント」は日本書技研究所を代表するフォントのひとつ

2002年からは、日本書技研究所オリジナルフォントの開発に着手すると、自身の文字をもとに毛筆フォント、ペン字フォントを次々とリリース。なかでも2004年に発表した「NSK白洲賞状書体」は、その独自性から大きな反響を受けました。
テクノロジーやサービスを活用した展開にも積極的で、2014年から始めたYouTubeでは、書の基本や古典の書きかたを紹介する指導動画を展開。後世に書の文化を伝えるために、その知を分かち合う活動を続けています。

60年以上にわたり書に向き合いつづけてきた中本白洲さんの文字は、いま、Adobe Fontsを通じて利用することができます。
デザインに品格や格式がほしいとき、Adobe Fontsで日本書技研究所のフォントを検索してみましょう。中本さんが揮毫した、さまざまなスタイルの書体に出会えるはずです。

日本書技研究所|Adobe Fonts

https://fonts.adobe.com/foundries/nihonshogikenkyusho

Adobe Fontsで使える日本書技研究所のフォント

Adobe Fontsで使える日本書技研究所のフォントは、2025年9月現在、10ファミリー・40フォント。いずれも中本白洲さんによって揮毫された筆文字、ペン字をもとにつくられた、高品質な書き文字書体が揃っています。
文字は漢字が全角、かなや英数字は文字のかたちにあわせた字幅になっているため、文字詰め機能がない環境でも自然な組版を実現できるようになっています。

日本書技研究所|フォント見本

Adobe Illustrator、Adobe InDesign、Adobe Photoshopで使う際には「カーニング:オプティカル」を組み合わせるとさらに自然な組み上がりに(横組みのみ)

「AH白洲毛筆行草体」は細身で端正な筆致の楷書体で、書状のような文章に最適な書体です。より力強さとインパクトがほしいときのために、「AH白洲毛筆太楷書体」も用意されています。「AH白洲毛筆行草体」は、王羲之の古典をモデルにつくられた書体で、読みやすい文字は草書体、読みにくい文字は行書体で表現されています。

ペン字フォントは、やわらかい雰囲気をまとう「AH白洲ペン楷書体」、筆勢のある「AH白洲ペン行草体」、文部科学省の学習指導要領に基づいてデザインされた「AH白洲学校ペン楷書体」の3種・16フォントが提供されています。ペン字の“お手本”ともいうべき整った文字は、言葉に誠実さ、実直さを与えてくれるでしょう。

「AH白洲隷書体」は曹全碑の文字を参考につくられた隷書体で、安定感のある伸びやかな漢字は、ロゴやタイトルにも最適です。「AH白洲願法体」は中国・唐時代の書家・顏真卿の有名な建中告申帖を再現した書風で制作された、ダイナミックな筆画が特徴の書体。顏真卿は中国ではもっとも人気があり、街中の看板の大半はこの願法書体で書かれています。文字に力強さがほしいときに活躍してくれるでしょう。

このほか、写経に使われていた文字をリファインした「AH白洲写経体」、宛名用にデザインされた「AH白洲宛名楷書体」など、特定の用途に向けてつくられた書体も。こうしたユニークな書体が生まれたのは、賞状フォントなどを手がけてきた中本さんならではの着想と言えます。

フォーマルな場面にふさわしい書体を使いたいときや、書状のデザインに筆文字を取り入れたいとき、Adobe Fontsで日本書技研究所のフォントを探してみましょう。さまざまなスタイルと繊細なウェイトバリエーションが用意されているので、目的に合うフォントが必ず見つかるはずです。

日本書技研究所のフォントを網羅したフォントパック

フォントパックサンプル

Adobe Fontsで使用可能な多くのフォントのなかから、イメージや目的にあわせて厳選して提供する「フォントパック」に、「冠婚葬祭や書状に使える筆文字」が追加されました。
このフォントパックでは、日本書技研究所から提供されている10のフォントファミリーからもっとも細いウェイトをピックアップ。冠婚葬祭、書状、礼状といったフォーマルなシチュエーションに最適なフォントが揃っています。

日本書技研究所
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