第6回 カラーマネジメントはPremiere Proに何をもたらすか? 〜番外編〜

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Premiere Proのカラーマネジメント機能を応用するための映像技術解説

Premiere Proの新機能である、カラーマネジメントを有効に活用するためには、その前に素材の撮影時における、RAWやLogといった形式の撮影素材を理解する必要があります。

プロ映像制作の世界では、今では多くの映像クリエイターが使用しているRAWやLog形式ですが、まずは、これらがそもそもどういうものなのか?を知っておく必要があるでしょう。ここでは簡単にその成り立ちとどういうデータ形式なのかを解説します。

また今回のカラーマネジメント機能のもう一つの大きな特徴として、ACEScctという、広いカラースペースを採用していることにあります。ここでは、これについても基本的な解説をしておきたいと思います。

Log(ログ)とは何か?

モニター表示の標準規格:Rec.709とは?

まず最初に通常TVモニターで映像を映し出す際の映像規格があります。主にこれまでのテレビの世界で標準的に使用されてきた表示規格として『Rec.709』(読み方:レックナナマルキュー、もしくはナナマルキュー)という表示方法が一般的で、現在我々が普段見ている放送・配信映像のほとんどは、このRec.709に準拠しています。

このRec.709の”Rec”とはなんでしょうか?

よくRecording(レコーディング=録画)のRec.と勘違いしている方も多いのですが、これは国際電気通信連合(ITU-R)が定める「Recommendation(勧告)」の略称です。HDTV(高品位テレビ)用の色域・ガンマを規定したビデオ規格で、Rec.709はテレビ放送における映像の色や明るさの基準となります。これらのITU-Rが発行する技術規格や指針については「Recommendation(勧告)」と命名されており、その略称が「Rec.」です。


ITU-R: 国際電気通信連合の無線通信部門のこと。テレビ放送や通信分野の国際的な標準を策定する機関です。

BT.709: 同列で出てくる類義語として、「BT.709」という表記も見かけることがあると思いますが、Rec.709は、ITU-R勧告のBTグループ(電波・放送)における、709番目の規格であるため、本当の正式名称は「BT.709」がより正確な表記になります。

では、このRec.709=BT.709の役割とはなんでしょうか?

現状のHDTVの標準色空間、つまり現在のテレビ番組の制作・表示における色や明るさの基準を定めることで、さまざまな機器で一貫した映像を再現できるようになっています。

そして色域とガンマカーブの定義、つまりR(赤)・G(緑)・B(青)の原色と、映像信号を人間の見た目に近い明るさの表示に変換するガンマカーブを指定しています。

Rec.709規格で表示されるのは、一般的なTVモニター表示に適性な色域とガンマカーブを持つ標準規格になります。

Logとは何か?

このRec.709に対して、Log形式の映像データとは何でしょうか?

これは通常のRec.709の映像表示よりも、暗部からハイライトまでの諧調(暗部から明部までのグラデーション)が圧倒的に広く再現するために使われる、映像素材の記録方式のことです。

例えばカメラ内でRec.709の設定で撮影した場合、TVモニターの階調=ダイナミックレンジが人間の見た目よりも狭いため、より暗い部分は黒がつぶれ、輝度が高い発光部分などは白飛びしてしまうという現象が起きてしまいます。

例えば屋外ロケなどの明暗の差が激しい現場での撮影の場合、こうしたケースが見受けられますが、これをLog形式で収録することにより、より暗い部分からハイライトの細かい部分までディテールが残り、フィルムのような豊かな階調で映像表現をすることができます。

Logの始まり

このLog形式の始まりは、Cineon Log(シネオン・ログ)から始まります。1990年代初頭にコダック社が開発した、当時まだフィルム撮影が全盛だった頃、撮影し現像したフィルムをフィルムスキャナーという機械でスキャンニングして、ネガフィルムをデジタルデータに変換処理(DI=Digital Intermidiate(デジタルインターミディエイト))するシステム「Cineon(シネオン)」で採用された、10ビットの記録方式(ガンマカーブ)です。

フィルムに収録された広いダイナミックレンジを損なうことなく、そのデータ量を効率的に圧縮して記録できるため、ポストプロダクションでのカラーグレーディングの幅を広げ、現在のデジタルビデオカメラに搭載されているLog撮影モードの基礎となりました。

Cineon Logの主な特徴

フィルムの特性の再現: フィルムのトーンカーブをデジタルデータで再現できます。映像表現に重要な18%グレーから90%ホワイトの部分が人間の視覚に近い対数(Log)で処理することで、視覚的な情報量を失うことなく、データ量を削減できます。

ダイナミックレンジの確保:
暗部から明部までの広範囲な光の情報を、階調を圧縮しながらも維持できるため、後処理(ポストプロダクション)の際に、元来フィルムのネガ原版から上映用フィルムをプリントする際に、RGBの各フィルターの現像時間で色を調整する(カラータイミング)作業を、デジタル上で可能にしたデータ形式で、色調整の自由度が高まります。


そのままでは「不自然な」映像:
Log撮影で記録された映像は、そのままで見るとコントラストや彩度が低く、白っぽく見えている、いわゆる「眠たい」映像になりますが、カラーグレーディングによる編集・補正することで、見た目に近い理想の色やトーンに仕上げることが可能です。

Log撮影の背景

このようにCineon Logは、フィルムをデジタル化し、編集する過程を効率化するために生まれました。そしてこの技術は、その後の2010年代初頭から始まるデジタルシネマカメラの進化とともに、カメラ内に実装されるようになります。その後、カラーグレーディングソフトなどの発達とともに、Log撮影技術の発展の礎となり、現在のシネマカメラやミラーレスカメラに搭載される様々なLog形式(例:S-log、Canon Log、F-Logなど)の基礎となっています。

RAWとは何か?

Rec.709やLogデータに対して、動画のRAWデータとは何でしょうか?

RAWはカメラのセンサーが捉えた光の情報をそのままに近い形で記録した未加工の生のデータ(=RAW)のことです。写真のRAWファイルと同様に、画像処理や色調整が施されていないため、編集ソフトで現像処理する必要があります。RAWで撮影することで、編集時に自由度が高く、より高度な色調整や画質調整が可能になります。

RAWデータの特徴

未加工の生データ: RAW動画は、カメラのセンサーが捉えた光の情報をそのままに近い形で記録した、ほぼ生のデータです。色調整などの画像処理が施されていません。

現像が前提条件: RAW動画は、そのままでは再生や編集ができないため、専用のソフトウェアで「現像」処理する必要があります。現像時にホワイトバランス、露出、色調などを調整できます。

編集の自由度が高い: RAWデータは、情報量が豊富で編集時に様々な調整が可能です。例えば、白飛びや黒つぶれを防いだり、細かい色味を調整したり、よりクリエイティブな映像表現を実現できます。

<RAWデータのメリット>

高い編集自由度: RAWデータは、編集時に様々な調整が可能なため、よりクリエイティブな映像表現を実現できます。


高画質: RAWデータは、情報量が多いため、高画質で映像を記録できます。


広いダイナミックレンジ: RAWデータは、白飛びや黒潰れが少なく、広いダイナミックレンジで映像を記録できます。

<RAWデータのデメリット>

データ容量が大きい: RAW動画は、データ容量が大きいため、大容量のストレージが必要になります。

現像処理が必要: RAW動画は、「現像」処理が必要なため、編集に手間がかかる場合があります。

対応カメラが限られる: RAW動画を撮影できるカメラは、比較的高価なものが多く、また、対応するソフトウェアも限られます。

カメラ毎にデータ形式が様々:

カメラのセンサーサイズや解像度などの仕様によって、得られるRAWデータ形式も様々なので対応ソフトを考慮する必要があります。

RAWとLogとの違いとは?

Logは生のRAWデータから色調・彩度・諧調を処理し、データ量を圧縮した編集前提の記録形式したもので、RAWはセンサーの生データをほぼそのまま保存したデータなので、最も高品質で編集の自由度が高いです。Logはデータ容量を抑えつつ広いダイナミックレンジを確保し、カラーグレーディングによる画作りを可能にしますが、RAWは撮影後のホワイトバランスや露出など、より広範な編集調整が可能なデータです。

ACEScct

Premiere Proのカラーマネジメント機能でもう一つ重要なことは、ACEScctという広いカラースペースで展開されるということです。

このACEScctとは、ACES Color Correction Textureの略称で、ACES Color Encoding Systemの文脈で使われる、カラーグレーディング(色補正)に適した ログガンマ(Log Gamma)のカラースペースを指します。具体的には、CG制作などで使われるリニアなカラー空間である「ACEScg」(※1)から、グレーディングに適した対数(Log)のガンマに変換された状態を指し、色の一貫性を保ちながら効率的なカラーワークフローを実現するために用いられます。

ACESとは?

ここで出てくる、ACESとはなんでしょうか?これはAcademy Color Encoding System(ACES)のことで、ACESとは、米国映画芸術科学アカデミー(AMPAS)によって開発された、無料でオープンなカラーマネジメントおよび画像交換システムです。異なるデバイスや制作ツール間での色を標準化し、より広い色域と高いダイナミックレンジを扱うことができます。

(※1)ACEScgとは何か?

CGやVFX制作で一般的に使用されるリニアなカラースペースで、3D CGのレンダリングや、VFXの操作を行うためのカラースペースです。

ACEScctを使ったカラーマネジメントとは?

カラーグレーディング(カラー補正)を行いやすいログベースのガンマと、広い色域を持つ、ACEScctのカラースペースで最適な調整が可能です。

ACEScctの色域とは?

自然界の色をほぼすべて表現できる、広く広大な色域を指します。ACESシステムは、CGや映像制作において、カメラで捉えられる全ての色と人間の目が認識できるほぼ全ての色を標準化された色空間で扱うためのものです。

ACEScctのカラースペースの主な特徴

自然界の色をほぼ網羅する:
自然界の拡散反射のほとんどの色を表現できるため、実写に近い、現実的な色再現が可能になります。
広大なダイナミックレンジ:
色の範囲が非常に広いため、光が強い場所や暗い場所でも、より多くの詳細を表現できます。
CG制作やコンポジットに最適:
広大な色域と、ダイナミックレンジの広い色空間であることから、ACESワークフローで作業する際のカラーグレーディング用色空間に適しています。
sRGBよりも広い:
これまでの主流であったsRGBに比べて色域が非常に広く、より表現力豊かです。

ACEScctの重要性

ACES(Academy Color Encoding System)は、デジタルシネマやCG制作におけるカラーパイプラインの標準化システムです。特にACEScctは、広い色域とリニアな特性を持つため、色の一貫性を保ち、ポストプロダクションにおける後処理工程での自由度を高めることができます。これによりクリエイターがより多くの色を忠実に再現し、意図通りのビジュアルを作成することが可能になります。

txt:石川幸宏