画像生成AIとAdobe Expressで進化した理工系学生の英語学習。視覚+論理+言語的表現が連動した学びの実現 ~東京電機大学
東京電機大学 教養教育センター 英語教育系 (システムデザイン工学部)教授の宍戸真先生は、理工系学生の英語表現力向上を目指し、英作文の授業にAdobe FireflyとAdobe Expressを取り入れています。生成AIとクリエイティブツールによって理工系学生向けの新しい英語の授業を実現する取り組みについてお話をうかがいました。
理工系学生が抱える英語への苦手意識、直面する英語学習の課題
東京電機大学はシステムデザイン工学部や未来科学部、理工学部など5つの学部、大学院に5つの研究科を設置し、約1万名の学生を擁する理工系総合大学。早くからCreative Cloudを導入し、全学生が自身のPCでデジタルクリエイティブツールを使える環境が整えられています。
宍戸先生が教える学生は理工系ということもあり英語に苦手意識のある場合も多いといいます。そこでご自身で開発したゲームのように学べるeラーニング教材を使って英語の授業を展開してきました。教材は、リスニング、スピーキング、リーディングをeラーニングで学び、最後にライティング(英作文)を提出するという構成。前者3つの技能はゲーム感覚で進められるものの、ライティングの部分だけはそうなっておらず、学生の英作文の形式では発想や表現の幅が狭くなりがちという課題がありました。
「語彙力や表現力が十分ではなく、文章構成力が弱いために、生成AIの文を貼り付けた作文を、あたかも自分が書いたように提出してくる学生もいました」
そうした状況の解決策の1つとして宍戸先生が思いついたのが、アドビの画像生成AI・Fireflyを活用することでした。
世界中の教育者が集まるイベントで画像生成AIの可能性に気付く
きっかけは、2024年10月にアメリカ・サンノゼで行われたアドビのEduMAXに参加したこと。Fireflyを使ったワークショップを体験し、「これは、英語の課題に使えるんじゃないか」とひらめいたそうです。
さらに衝撃だったのは、アメリカ、オーストラリア、イギリスなど様々な国の教育関係者たちの話。「当時、日本の大学ではまだ生成AIに懐疑的で、生成AIを使うのはカンニングのようなイメージが強かった。でも各国の先生方が、そうではなくてこの技術をうまく活用するべきだという話を熱心にされていたので、私の授業でもどうやったら活用できるか考えるようになりました」
「テキストのみ」から「ビジュアルストーリー」へ
帰国後、宍戸先生はさっそく授業形式を見直します。テキストのみの英作文を、Fireflyで生成した画像と自らが書いた英文をAdobe Expressを使って組み合わせてスライドを作るという課題に変更。文字だけの表現から、画像を使ったビジュアル的な表現への転換でした。
生成AIやクリエイティブツールを使って自らの英文ストーリーを視覚化することで、メッセージをより明確にし、英語による「伝える力」を伸ばしていこうという試みです。「この授業にはシステムデザイン工学部の、将来的はコンピュータを使ってデザインすることを専門にする可能性のある学生も多く、単純に文字だけ書くよりも、デザイン性のある作品を作るほうが学生自身の専門に近くなるという考えもありました」
2024年度は2年生対象の後期の授業で約半年間、教材の年間テーマ「世界をバーチャルで旅する」に沿って、学生たちが訪問したい都市やその地でやりたいことの原稿を作成し、Adobe Expressに搭載されたFireflyで画像生成・デザインをしてスライドづくりを行いました。
<2024年度の学生が作成した課題>
■従来の英作文の課題例
■Adobe Expressで作成したスライド例
韓国に旅行したいというシステムデザイン工学部デザイン工学科3年 一色澄玲さんが2年次に制作した作品
2025年度は、年度当初から2クラスでほぼ同様の授業を展開中です。今年度の教材テーマは「Society5.0」。今年は提出課題の形式をスライドからポスターに変更しました。「チャプターごとの英文の内容に即して、1枚の中に複数の絵と文章を入れ込み、自分なりにストーリーを表現していく。英文に書かれたことを、1枚のポスターでうまくまとめるという課題になっています」と宍戸先生。
<2025年度に学生たちが作成したポスターの例>
工学部応用化学科1年 中山凜さんの作品
システムデザイン工学部情報システム工学科1年 増澤那菜さんの作品
システムデザイン工学部デザイン工学科3年 別井陸砥さんの作品
工学部応用化学科1年 馬場泰地さんの作品
システムデザイン工学部デザイン工学科2年 谷内優太さんの作品
システムデザイン工学部デザイン工学科2年 内田想真さんの作品
システムデザイン工学部情報システム工学科1年 長野隼杜さんの作品
システムデザイン工学部デザイン工学科1年 塚越柑名さんの作品
学生たちは4月から宍戸先生の英語の授業に取り組み、半年ほどが経過しました。授業では毎回必ず1枚ずつポスター制作・提出の課題があるため、全員すでに15枚以上を制作。課題のポスターは毎回10点満点で採点し、学生に公表しています。継続して取り組む中で、自分なりに分析し、工夫を重ね、試行錯誤している様子がうかがえるとのこと。
「自分がイメージしている絵が出てこないと、何度もやり直し、試行錯誤しているんですね。どんな英文を入力すればいいのか、自分で考え、どんどん書き換えて試していく。自分の思い通りにはすんなりといかないところも良いのかなと感じています」
生成AIやクリエイティブツールを使った視覚表現により英語学習にも効果が
ポスターの英文原稿をまとめる際には、あえて積極的に生成AIを活用し、文章のトーンの調整をするように促しているのもポイントの1つ。「Expressには自動翻訳機能やテキストを書き換えてくれる機能があるので、そういうものを自分なりにうまく使ってみなさいと指示しています。不足している英語力を補うという意味もありますが、それだけでなく、表現を豊かにできるというメリットがあると思っています」と宍戸先生。「学生には、生成AIで英文を書き換えたときに、どのように変わったのかをよく見るようにと常に言っています。自分の表現とどこが違い、どう良くなったのかをしっかり確認する。そういう使い方をしていくことで、生成AIを使ったから不正だとかカンニングだとみなすとかのような、まるっきり否定するという必要がなくなる。使えるものはうまく使って、上手に表現していけばいいと思っています。紙の辞書が電子化した、それがさらに進化したと思えば。便利なものはどんどん使えばいいはず」と考えています。
ビジュアル表現を取り入れた授業の効果を最大化するには使うツールも重要
宍戸先生は他大学でも非常勤講師をしており、同じ内容の授業を行っています。しかしながら他大学ではAdobe Expressが全学で使えるようになってはいないため、やむを得ずポスター制作にPowerPointを使用。Adobe Expressを使った場合とは、ビジュアル的な表現に大きな差があることが目に見えてわかるそうです。「教科書の英文を要約しただけのスライドが多く、ストーリーに合った画像も入れられない。見る人にアピールする、デザイン性の高い制作物を簡単に作れるExpressはありがたい存在。学生からもExpressの評価は高いです」と宍戸先生。
システムデザイン工学部デザイン工学科3年の一色澄玲さんは、「Adobe Expressは簡単に好みのスライドが作れるのが楽しかった」といいます。「AIがスライドの雰囲気やスタイルをおすすめしてくれる機能もあって、作業がスムーズに進みました。これまでいくつかの編集ツールを使ってきましたが、Adobe Expressは『いいとこどり』という印象でした」
「授業でAIを積極的に使っていいと言われることは少ないので楽しい。AIは普段使いしているものの、クリエイティブで活用するシーンはまだ少ないのでおもしろい」(システムデザイン工学部デザイン工学科2年 谷内優太さん)、「機械が苦手なので最初は苦戦したが、今はどんなデザインにしようか考えながら作れていて楽しい。画像生成AIは、スタイルやコンテンツタイプを変えていろいろ試せるので使い勝手がいい」(工学部応用化学科1年 中山凜さん)という声も。
また、ビジュアル表現を取り入れた授業で、英語の力が伸びているという実感を持つ学生も増えてきています。システムデザイン工学部情報システム工学科1年の増澤那菜さんは、「英文の要点をまとめる力が身についたと思います」と語ります。「ポスターを作る過程で英文を何度も読み返したり、段落ごとに一番伝えたい部分を考えながら整理したりすることで、自然と文章の内容が深く理解できるようになりました。また、ポスターを見ただけで内容が伝わるように意識して作成することで、英語の表現力や情報を視覚的に伝える力も伸びたと感じています」
システムデザイン工学部デザイン工学科3年の別井陸砥さんも、「英文で自分の考えを表現する力や、デザインで伝える力が伸びた」と感じているそう。「デザインを通して英語を使うのが新鮮で、楽しみながら学ぶことができました。Adobe Expressは操作が直感的で使いやすく、短時間で見栄えの良い作品を作ることができました。AIの画像生成も発想を広げるのに役立ちました」
テキストとビジュアル、複数の情報を組み合わせたマルチモーダルな学び
英語に苦手意識をもつ理工系学生の英語(英作文)学習において、テキストのみではなく、テキストと画像を組み合わせてストーリーを紡ぐという新しいアプローチ。Adobe Expressと生成AIを使うことで、発想→構成→表現→視覚化のプロセスを繰り返しながら自己表現の幅を広げていくことが可能になりました。そうした課題に継続的に取り組むことで、自ら学び、改善するという良いサイクルが生まれ、それがひいては英語で「伝える力」の強化にもつながっています。ビジュアルコンテンツを活用したより深い学びの今後に期待が膨らみます。