クリエイターのキャリア別もやもや資料室【第 4 回】ミドル編:「それなりにできるようになった」その先で、次の問いを抱え始める頃

これまでの回では、未経験期、そしてジュニア期のクリエイターが抱えやすい「もやもや」について整理してきました。今回取り上げるのは、そこからさらに一歩進んだミドル期についてです。

仕事に慣れ、少しずつ成果が出始める。周囲から評価され、任される仕事も増えてくる。知識や経験が積み重なった分だけ、自分の苦手や足りなさ、視野の限界が以前よりもはっきり見えてくる。

外から見れば「順調」に見える一方で、本人の内側では、別の問いが立ち上がり始めます。「もしかして、このままいけるんじゃないか」という感触。同時に「本当にそれでいいのだろうか」という違和感。今回は、ミドル期のその揺れを、どう受け止めてどう付き合えばいいのかを見ていきます。

「まだ教わりたい」と「もっと頼ってほしい」

「何か足りない」と感じている自分と、「もう一人前」として扱われ始める周囲とのズレ。このギャップが、ミドル期の違和感の根本にあります。

これは、視野が広がり、自分を相対化できる位置に立ったからこそ生まれる、きわめて正常な感覚です。ミドル期は、はっきりとした答えを持つには早く、何も分かっていないと言うには経験がありすぎる。曖昧さや余白を多く抱えた、少し中途半端な時期です。

落ち着かなくても、それは能力不足や停滞のサインではありません。中途半端さは、「物事をより広く、より深く理解するための準備段階に必要なもの」と肯定的に受け止めれば良いと思います。

任されることが、いちばん消耗する時期

ミドル期のしんどさは、「任されるようになったこと」から生じます。任された課題の一部であれば、自分には「できないこと」も決断しなければならない。ジュニア期のように「まずやってみる」で許される場面は減り、進捗と結果に対する責任が求められる。ここで多くの人が、「大変さの質が変わった」と感じ始めます。

さらに、自分の得意と苦手は、まだ完全には整理できていません。苦手なことは人に任せればいいのに、その判断に迷いが生じます。一方、意思決定は待ってくれません。

この消耗は、判断を任される立場にいる人は誰もが感じる重さです。力が足りないからと躊躇せず、「迷いながら判断を引き受ける力」を育てる意識を持ってみてください。

成果は出ているのに、満たされない

この時期は、社内評価だけでは足りないという気持ちが強くなります。特に、セミナー、勉強会、SNS、記事などでレベルの高いアウトプットや思想に触れることで、視野が広がり、仕事に対する理想が引き上げられます。すると、今まで順調に見えていた仕事に対して、急に物足りなさを感じ始めます。

これは、経験を積んだことで見える景色が変わった、という表現が近いように思います。視野が広がると、自分の現在地をより大きな地図の中で測りたくなります。その結果、「ちゃんとやっているはずの仕事に違和感を感じる」状態に陥ったりします。これは実力が落ちたわけではなく、成長に伴い受け取る情報の量や質が変わり、意識が変化しているためです。

こうした違和感は、一歩先の視点へ導いてくれる感覚として大切にすべきです。自分がどんな基準で物事を見始めているのかに気づけていることが大切で、違和感をすぐに埋めようとしなくても大丈夫です。

任せる側へ移ることの揺れ

ミドル期は、自分の手を動かす時間が少しずつ減ります。逆に、人に仕事を任せ、チームとして成果を出すことが求められる役割が増えます。そうして「このまま自分はクリエイターとして鈍っていかないだろうか…」と不安がよぎります。

ものづくりの世界には、若い人の感性や努力が成果に結びつく側面があります。だから、この不安は決して大げさなものではありません。後輩の姿を見て「自分がやった方が早い」ともどかしさが勝つ瞬間もあれば、後輩の成長に嬉しさと同時に焦りを抱くこともあるでしょう。この揺れは、任せる側へと立場が変わる過程で、多くの人が経験するごく自然なものです。

人に任せる仕事が増えるのは、クリエイターとして視野が広がっているからです。「自分がやらない判断」は、組織としてのものづくりの一部。この感覚に慣れていくことが、次のフェーズへ進む準備になります。

人の人生が、仕事に混ざり始める

レビューや育成に関わるようになると、また別の重さが加わります。「この言い方でよかっただろうか」「相手を傷つけていないだろうか」と、傷ついた経験のある人ほど敏感になります。厳しさと優しさの境界は、いつも曖昧です。

相手に合わせて出し分けるには、まだ経験も引き出しも足りない。「自分が、人の人生に影響を与えていいのだろうか」。場面によってはそんな感覚に襲われることもあるでしょう。もどかしさに、「もうやりたくない」と感じる瞬間もあるかもしれません。

でも、それは責任を自覚し始めた証です。レビューを続ければ、相手が少しずつ変化するのが見えるはずです。アウトプットが変わる。思考の癖が変わる。取り組む姿勢が変わる。成果は責任と向き合う力になります。迷いながらも自分らしい言葉を選び、相手のわずかな変化に一喜一憂する。正解を持っているから関わるのではなく、関わり続けようとする意思そのものが、これからのキャリアに大切な価値になるはずです。

「もやもや」と向き合うこと

ミドル期のもやもやは、外から見るとほとんど分かりません。だから、ひとりで抱え込まれがちです。分かれ道は、違和感をどう扱うかです。

ミドル期のもやもやをうまく通過していった人たちは、自分との対話を止めなかったように見えます。内省しつつ、他者の考えや言葉を取り入れて、時間をかけてでも自分の判断を磨こうとしていた人たちです。もやもやの答えをすぐに見つけなくてもいい。そう考えられれば、すぐに結論が出なくても不安に飲み込まれずにいられます。

一方で、不安を手っ取り早く片付けようとした人たちもいました。金銭、役職、肩書…、分かりやすい結果を早期に確定させて、曖昧な時期を飛び越えようとする。それ自体を間違いだとは思いません。けれど、社会や組織との関係を十分に咀嚼しないまま進んだ場合、次の環境で立ち行かなくなるケースは少なくないように思います。

もやもやの原因を自分のいる環境に向け始めると、「理想の場所が見つからない限り前に進めない」状態に陥りがちです。ミドル期に問われているのは、環境に問題があったとしても、その環境の中で「自分はどんな視点で物事を捉えようとしているか」を学ぶことなのかもしれません。

この時期に立ち上がってくる問いの多くは、信頼できる社内外の人と話したり、目の前の仕事に一生懸命向き合ったりする中で、「解消される」というよりは、少しずつ形を変えて自分に馴染んでいくものです。ミドル期は、違和感を許容しつつ、判断できるようになるフェーズと言えるかもしれません。

次のフェーズへ向かうための、静かな前触れ

キャリアは、一直線に進むものではありません。曖昧で、中途半端で、遠回りに見える時期を経て、少しずつ形になっていく。だから、いま抱えている感覚を、急いで答えに変えなくても大丈夫です。立ち止まらずに仕事を続けていく。人と関わり、迷いながら、少しずつ考えを更新していく。そうした日々の積み重ねの中で、自分なりの軸や次に向かう方向が静かに示されれる瞬間があります。

今回の連載では、未経験期、ジュニア期、そしてミドル期と、クリエイターのキャリアの節目で立ち上がりやすい「もやもや」に向き合ってきました。どのフェーズでも、共通しているのは、迷いや不安は、前に進もうとした人にだけ訪れるものだということです。もし言葉にできない違和感を抱えているのなら、それは見える世界が少し広がって、足りないものが見えるようになったサインかもしれません。

ひとりで抱え込まず誰かの視点や景色を借りながら、考え続けて仕事を続けていくこと。その過程は、次のキャリアに導いてくれるでしょう。

この文章がいまの状態を確認するきっかけになっていたら、それだけで、この連載を書いた意味はあったのだと思います。

お読みいただいた皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました!