バリアブルフォント「百千鳥」とは?
「百千鳥」は2025年に登場した日本語のバリアブルフォントです。
バリアブルフォント(Variable Font)は、定義された「軸」に沿って変化させることができるフォントのことで、「百千鳥」には「太さ」「字幅」「欧文イタリック」という3つの軸が定義されています。
各軸はスライダーによってリニアに変化させることができ、「太さ」は200〜900、「字幅」は50〜150の間で自由に設定することができます。
参考:「日本語のバリアブルフォント「百千鳥」がついに登場!」
https://blog.adobe.com/jp/publish/2025/02/13/cc-design-adobefonts-2502
バリアブルフォントの機能をフルに使えるのは現状、Adobe Illustratorなど、一部のアプリケーションに限られています。
そのため、Adobe Fontsでは、バリアブルフォント版「百千鳥 VF」だけでなく、バリアブルフォントに対応していないアプリケーション向けのフォント「百千鳥」も提供しています。「百千鳥」を使いたい場合には、2つともアクティベートしておき、使用するアプリケーションにあわせて、使い分けるとよいでしょう。
名久井さんと「百千鳥」の出会い
-名久井さんが「百千鳥」を知ったきっかけを教えてください。
名久井「おおもとまで遡ると、西塚さんが食事会にいま取り組んでいるフォントのサンプルを持ってきてくれたのがきっかけです。その頃はまだ『百千鳥』という名前ではなくて、『ちどり』と呼ばれていましたね」
西塚「昔の本やポスターに使われている“圧縮された手書き文字”ってかわいいですよね? 15年くらい前からずっとそうした扁平の文字を作りたいと思っていて。コンペに出すためのアイデアとして生まれたのが、文字が上下に圧縮された仮名書体『ちどり』です。
この『ちどり』をもとに、漢字や記号などの必要な文字を加え、バリアブルフォントにしたものが『百千鳥』。なので、『百千鳥』の原点は、正方形の文字ではなく、扁平(平体)の文字なんです」
「当時はよく、名久井さんたちデザイナーとの食事会に、作りかけのフォントのプリントを持って行って感想を聞いたりしていたのですが、『ちどり』を最初に見せたときの反応がよくて。
テストフォントとして自由に使ってもらう代わりにフィードバックをしてもらうという契約のもとで『ちどり』、その後の『百千鳥』の開発を進めることになりました。
そういう意味では、『百千鳥』は名久井さんをはじめ、デザイナーさんたちとともに育て上げたフォントと言えると思います」
「絵本にすごく合うんですよ。
明朝体だと真面目に、クラシックになりすぎてしまうけれど、かといって丸ゴシックだとちょっとかわいすぎるし、手書き文字だと絵柄によっては文字の風合いが邪魔になるときもある……『ちどり』はそんな微妙なシチュエーションに合う、すごくいい頃合いのところにいるんですよね。
ファンシーすぎないかわいさがちょうどよくて、いろいろ迷ったあと、最後は『ちどり』に落ち着いちゃう。『百千鳥』が使えるようになったいまでも使っているくらい、『ちどり』もお気に入りの書体です」
西塚「『ちどり』から『百千鳥』にするとき、文字のかたちはあまり変えたつもりはなかったんだけど、実際はちょっと変わっちゃってるのかな?」
名久井「そうだね。 やっぱり、『ちどり』より『百千鳥』のほうがオーソドックスな印象になっていると思う」
西塚「『百千鳥』をバリアブルフォントにするとき、上下の圧縮だけじゃなく、左右の圧縮も必要になって。横長と縦長、どちらにもスムーズに動かそうとして、安定したオーソドックスなかたちになってしまったのかも」
名久井「『ちどり』は漢字がないから、漢字との相性を無理に考えていないというか、ひらがなだけで成立しているぶん、愛嬌がある感じがしますね」
「百千鳥」登場で広がる文字の表現力
-それまで『ちどり』をお使いだった名久井さんは、『百千鳥』が出たことで何か変化はありましたか?
名久井「めちゃくちゃ使いやすくなりましたね!
『ちどり』は漢字がないこともあって、絵本によく使っていたのですが、『百千鳥』には漢字も入っているので、絵本以外の、大人の本にも使えるようになりました。
ただ、『ちどり』で平体の文字には慣れていたはずなのに、大人向けの本のタイトルに使う際に、平体にしたり、長体をかけたりすることになんだか慣れなくて……『百千鳥』が出たばかりの頃は、変形をかけずに正体(せいたい)でばかり使っていました」
西塚「私としては、もちろん扁平からスタートしているので、正体ではなく変形して使ってほしいという思いはありました。でも、扁平ではない、正方形の文字の書体には、ほかにもライバルがいっぱいいるわけじゃない? そのなかで『百千鳥』の正体を選んでくれてるってことは、正体でも『百千鳥』ならではの魅力があるのかなと思って前向きに捉えています(笑)」
名久井「前向き! 最近はちょっと勇気が出て、文字をつぶすのも怖くなくなってきました。 文字をつぶしたぐらいでは編集さんに怒られることもありませんから」
「ザ・キャビンカンパニーさんの『ゆうやけにとけていく』(小学館)が、『百千鳥』を全面的に使った初めての本だったと思います。
『百千鳥』がまだテスト版だった頃の仕事で、『と』の一画目が突き抜けていないスペシャルバージョンのフォントですね。文字には変形をかけず、正体のまま使っています。キャビンカンパニーさんの懐かしさを感じる絵に、『百千鳥』はピッタリでした」
『大どろぼうの家』は、立川のPLAY! MUSEUMで始まり、現在も巡回中の展示なのですが、チラシから本まで、すべて『百千鳥』でつくっています。
「吉祥寺美術館で開催された北田卓史さんの展示パンフレットでは、バリアブルフォントの機能を活かして、『北田卓史』は太く、『展』は細く調整しています。
『想い出の空飛ぶタクシー 遺されたアトリエの扉を開けて』の文字は、横組みでは平体に、縦組みでは長体にしています。こういう使いかたができるのもバリアブルフォントならではですね」
長いタイトルの書籍にも最適な「百千鳥」
-デザインをするうえで、バリアブルフォント版「百千鳥」を使うメリットがあれば教えてください。
名久井「バリアブルフォント版の『百千鳥』は、長いタイトルの書籍にすごく役立つんですよ。
黒川裕子さんの『わたしはシュシュ やりたいことしか、やっちゃだめ』(金の星社)、ジェーン・スーさんの『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』(光文社)、尹雄大さん・イリナ・グリゴレさんの『ガラスと雪のように言葉が溶ける』(大和書房)、いずれも長いタイトルです。
本の背にはタイトルだけじゃなくて著者名も入れる必要がありますが、文字が小さくなるので、厚くない本ではタイトルを2行にはできません。でも、『百千鳥』なら大きい文字のまま、縦長にするだけで狭い背にもギュッて入れられる。機能的でいい書体ですよね。
岡本真帆さんの『落雷と祝福』では、タイトルの『落雷と祝福』を縦長にして大きく見せつつ、『「好き」に生かされる短歌とエッセイ』の文字は横長にして、タイトルと高さを揃えています」
名久井「バリアブルフォントが登場したことで、文字の組みかたの選択肢が増えたと思います。最初は文字を変形することにためらいもありましたが、あるときから自由になって。“空間に合わせればいいんだ”みたいな気持ちになったんです。
相撲の番付って、上のほうはゆとりがあるのに、下のほうの力士さんはスペースもなくて、名前がぎゅーってなってるじゃないですか。それに近い感じで、 広々してたら広々使えばいいし、狭くなってしまったら、ぎゅっ!てすればいい。自由ですよ、本当に自由でおもしろい」
Adobe Captureでイメージからフォントを検索
-「百千鳥」以外でもAdobe Fontsのフォントはお使いですか。
名久井「もちろん、『百千鳥』以外の和文フォントも使いますし、欧文フォントもよく使っていますよ。
欧文フォントを探すときは、イメージに合う文字を Adobe Capture で撮影して、似ているフォントをAdobe Fontsから探したりしています。Adobe Capture上で、気になるフォントをオンにしておけば、パソコン側でもそのフォントが使えるようになるんです。
私、Adobe Captureは結構使っているんですけど、周りのブックデザイナーに話しても、みんな知らなくて。LINEでアプリのリンクを送ったりしています(笑)」
「バリアブルフォント版の『百千鳥』って、ふつうのフォントとは違って、かたちや太さを変える機能がありますよね。文字の見た目だけじゃないフォントの違いが、まだ伝わっていないんじゃないかな?と感じることはあります。
たとえば、トースターぐらいなら別に説明書を読まなくてもパンは焼けるけれど、もっと複雑なものだと説明書を読まないと使いかたがわからないですよね。『百千鳥』はトースターではなく、高機能な調理器具のようなもの。使いこなせば、すごく便利で使いやすい、いい書体だと思います」
ブックデザイナー
1976年、岩手県盛岡市生まれ。2005年より装幀家として活動。2014年、第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。2022年BEST BOOK DESIGN FROM ALL OVER THE WORLDにてBronze Medal受賞。
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