アドビツールでの制作活動で知った”表現する楽しさ“が、進路を開いた~東京都立新宿山吹高等学校~
教室の中で終わらない、実践的な学びを
都立高校で初の「単位制高校」として開校した東京都立新宿山吹高等学校。生徒ひとりひとりが自分の学びたい授業を選び、履修科目を組み立てていく、自由度の高い教育制度が特色です。また、普通科と併せ、「情報科」が設置されている都内唯一の高校でもあります。2019年度までは、文部科学省から「スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール」(SPH)の指定を受け、大学や企業と連携し、社会の第一線で活躍できる人材を育てる実践的な学びにも注力してきました。その後も、2020年度からの文部科学省の新しいプログラム「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」の指定をうけ、教室だけでは終わらない、地域と連携した学びを引き続き推し進めています。
今回は、情報科で指導されており、Adobe Education Leaderでもある和田祐二教諭と、卒業生の齋藤達也さん(現在、東京工芸大学芸術学部インタラクティブメディア学科2年生)のお二人に、同校での活動の事例や、アドビツールを使って生徒の主体的な表現力を伸ばす取り組み、その先の進路などをテーマにうかがいました。
「パソコンがなんとなく好き」から、課題を通して、表現することの楽しさに目覚めていく
「新宿山吹高校に入学する前から、パソコンで何かを作ったりするのは、わりと好きでした」と、現在大学2年生になった齋藤さんは振り返ります。中学生の頃は、アドビ以外の無料のツールで、部活動のチラシを作った経験などがありました。趣味の1つとしてパソコンが好きな高校生だった齋藤さんが、その後、どのような過程を経て、大学で情報科学を専門的に学ぶまでになったのでしょうか。
「表現することの楽しさに目覚めたきっかけは、アドビツールでショップカードを作る活動でした。」1年生の授業で、近隣商店街のお店のショップカードを作るという課題が出ました。「地域との協働」を標榜する同校の教育の一環でした。実際にお店に出向き、店主の方にインタビューをし、その店のコンセプトやアピールしたいことをデザインに盛り込んでショップカードにします。複数名の生徒がそれぞれ1つのお店のカードを作り、その中からお店側に選ばれたカードは実際に採用され、店に置いてもらう、という本格的なコンペのような形でした。
齋藤さんが実際にデザインされたショップカード
「あるお寿司屋さんでは、”和風な感じに作ってほしい“という希望だったので、お店のマップを筆のタッチにしてみました」など、齋藤さんは、ひとつひとつのお店のコンセプトに合わせた丁寧な作りこみをしました。仕上がったショップカードは、本当に店舗で配られても遜色のない出来栄えに。デザインの具現化に役立ったのが、アドビのツール、Illustratorだったと言います。
「Illustratorでは、直感的にイラストやテキストを配置できるので、イメージを形にしやすい。」と、齋藤さん。頭の中で思い描いたものをビジュアル化するのがとてもスムーズにできたそうです。この活動で、齋藤さんは表現することの面白さに目覚めていきました。
2年生になってからは、授業の一環で、風呂敷のデザインコンテストにも参加しました。
「コンテストに参加すると、”期限までに仕上げねば“と気合いが入ります。たくさんの人の目に触れるから、”いいものを作りたい“という向上心も高まります。」と、齋藤さん。コンテストの効用については、和田教諭も語ります。「単なる課題だと”作って終わり“になることもありますが、コンテストでは外部の方からフィードバックがもらえるというよさがあります。生徒のその先の意欲へつながります。」風呂敷づくりでも、発想を具現化するツールとして、Illustratorを駆使しました。
「表現したいこと」をイメージし、意思を持って形にするクリエイターに成長
新宿山吹高校で齋藤さんにとって、もう1つの転機となったのが、アドビ主催の映画ポスターのコンテスト「Student Creative Day」( https://blog.adobe.com/jp/publish/2019/02/27/cc-education-make-it-student-creative-day-eventreport-1
https://edex.adobe.com/jp/make-it-creative-day )でした。架空の映画のポスターをデザインし、全国の高校生が競い合うイベントです。ポスター作りは8人ほどのチームで行いました。「チームでの本格的な制作活動を初めて経験しました。」と齋藤さんは振り返ります。架空の映画のテーマやタイトル決め、デザインの方向性、キャッチコピーなど、メンバーでアイディアを出し合いました。決まった映画のタイトルは「不登校オリンピック」。「学校に行くだけが正解ではない」、「家に引きこもっているという、不登校の暗いネガティブなイメージを打破したい」、メンバーたちのそんな想いがこもったタイトルでした。架空の映画の公開日は、中高生の自殺が増えるという夏休みの終盤に合わせて8月23日に。あえて明るくポップなアメコミ風デザインに、など詳細も話し合って決めました。
『不登校オリンピック』のポスター
いざ制作となると、誰かが作業している間に他の人の手が空いてしまうなど、チームがまとまらないこともあったそうです。「チームでイメージを共有すること、みんなで役割分担をすることの大切さを知りました。」試行錯誤を繰り返す中、おのずとリーダーシップを取るようになり、チーム活動を通して齋藤さんは多くのことを学びました。そして迎えたコンテストの公開プレゼン。「自分たちの作品に自信があったけれど、”上には上がいる“と実感したり、”そういう発想もあったか“と気づかされたりしました。」残念ながら受賞には至りませんでしたが、仲間と共同で作り上げた達成感を感じるとともに、「またリベンジしたい!」と強い想いを抱き、おおいに刺激を受けたのでした。
「表現活動をする中で、齋藤さんは大きく成長していきました。」そばでずっと見守っていた和田教諭は実感を込めて言います。最初の頃は、授業の課題をこなすけれども、教師から見て強い意思は感じられなかったそうです。でも、コンテストに出たりするうちに、自分の意思をはっきり持つようになり、チーム活動も意欲的にできるようになっていきました。同時に、齋藤さんの自信が大きく育っていくのを、和田教諭は感じました。新宿山吹高校には、生徒自身が自分の成長を評価するシステムがあるのですが、齋藤さんの自己評価は目覚ましくアップしていきました。「コンテストで何百人という人の前で堂々と発表もできました。何かに挑戦して成し遂げられたという達成感が、大きな自信を育んだのでしょう。何ごとにも意欲的に手を挙げてくれるようになりました。」と和田教諭。3年生になってから、自由な課題研究をする活動では、齋藤さんは新宿山吹高校の校舎を3Dで表現し、自宅に3Dプリンターまで購入して、校舎のミニチュアを作ってきてくれたそうです。「“齋藤さんの表現したい意欲は、もう誰にも止められない”、と嬉しく思いました。教員から教わるというステージを超えて、自分で学び続ける”学習者“に成長を遂げました。」
AO入試では、アドビツールを使った制作実績が大きなアピールポイントに
「高校時代の制作活動で味わった面白さをもっと追求したい」という想いから、齋藤さんは東京工芸大学芸術学部インタラクティブメディア学科を志すようになりました。共同作業の楽しさも実感していたので、そのような活動ができる大学というのも決め手でした。AO入試では、不登校オリンピックのポスターや校舎の3Dミニチュアをタブレットで紹介し、今まで自分が取り組んできた実績や、これからやりたいことへの想いをアピール。見事、合格を勝ち取りました。
「振り返ると、作る楽しさをおしえてくれたのは、Illustratorでショップカードを作ったことでした。」と語る齋藤さん。新宿山吹高校の授業では、アドビのツールを日常的に活用し、生徒が表現したいことを形にする道具としてスキルを身に着けていきます。ちょっとした説明図にIllustratorを使い、InDesignでパンフレットを作り、Photoshopで写真を加工して入れ、紹介動画をPremiere Proで作る、というように表現したいことに合ったツールを組み合わせ、ごく自然に使うようになるそうです。「アドビツールは文房具のようなもの」と、和田教諭。ツールを使いこなして、自分のイメージを具現化し、発表するというサイクルを経て、生徒の表現力が大きく育ち、自信へとつながっていくのでしょう。
大学生となった齋藤さんは、さらに学習を深めています。授業の課題で制作した、バーチャルな自動販売機を見せてくれました。ユーザーがボタンを押すと、ドリンクが落ちてくる映像が液晶画面に映ります。ドリンクが落ちるアニメは、Adobe Animateを使って制作したとのこと。子どもたちが喜びそうな楽しい作品です。
大学の課題で作った「バーチャル自動販売機」
「自分が作ったもので、誰かが喜んでくれることが嬉しいんです。将来は、ものづくりや表現をする仕事をしていけたらと思っています。」将来の展望をきくと、齋藤さんは自信に満ちた表情で語ってくれました。
「アドビのツールは、近い将来、誰でも使うようになるでしょう。ちょうど、インターネットが登場した頃は、一部の人が使うものでしたが、やがてみんなに普及したのと同じように。」と、和田教諭は結びます。
今後も、新宿山吹高校が推し進める、生徒の主体性を伸ばし、表現の幅を広げる教育活動は、生徒たちの人生を豊かにし、道を開いていくことでしょう。
齋藤さんと和田教諭
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