革新的創造: ファッション業界の転換点を支える 3D デザイン

左側はストックフォト、右側は Maggie Mattioni が Adobe Substance で作成した仮想のサンプル

静かな革命が始まっています。新しいテクノロジーの登場によって、高級ファッションブランドもファストファッションブランドも、オンライン顧客に衣服のフィット感や感触をより正確に伝えられるようになりました。

On Running のようなスタートアップ企業、そしてアディダスのような国際的なブランドなど、業界中のさまざまな企業が、衣類のデザイン・生産からマーケティング・小売に至るパイプライン全体のデジタル化への取り組みを始めています。

INDG が作成した写真のようにリアルなクロックス製品の 3D ビジュアル。

INDG が作成した写真のようにリアルなクロックス製品の 3D ビジュアル

パンデミックの影響で、オンラインショッピングにおける人々の振る舞いは劇的に変化しました。この市場はまさに変換点を迎えています。Weave による最近の調査では、業界の約半分が今後 3 年以内に 3D テクノロジーを本格的に採用するだろうと予測しています。そこでこの記事では、この変化の本質を追求し、デジタル化により得られるものは何か?その際に邪魔になり得るものは何か?その障害をどのように乗り越えることができるか?といった問いへの答えを探ります。

20 年間のファッション業界の歩み

この 20 年間、ファッション業界は何度となく新技術への移行を受け入れてきました。それらの革新を可能にしてきたのは、ソフトウェアの進歩とハードウェアの性能向上です。

INDG が作成した写真のようにリアルなアディダス製品の 3D ビジュアル。

INDG が作成した写真のようにリアルなアディダス製品の 3D ビジュアル

「2000 年から 2010 年にかけては、手書きのスケッチから Adobe Illustrator のようなデザインツールや Adobe InDesign のようなデジタルレイアウトツールへの移行がありました」と INDG でデジタルファッション部門のトップを務める Bastiaan Geluk は話します。INDG は、伝統的なファッションブランドのポートフォリオのデジタル化を支援している、製品ビジュアライゼーションを得意とする企業です。

この 2000 年代に起きた変化の後でも、伝統ある高級ブランドの中には、経験的に実証されている芸術的かつ職人的なプロセスとしてデザインを手書きするデザイナー達がいます。その一方で、アイデアをデジタル化するプロセスは次の段階に進みました。

「2010 年から 2020 年の間には、2D のデジタルスケッチから 3D デザインへの大きな転換がありました。また、サーバーやデスクトップに画像を保管する代わりに、本格的なデジタルアセット管理システムが生産ラインのデータと組み合わせて使われるようになりました。これからの 5 年間は、マーケティングやバーチャルストア用の素材が、現在使われている単純な 3D 画像から、本物の製品写真のようにリアルな 3D 表現へと変わると思います。クリエイティブプロセスの初期段階にもその影響は及ぶでしょう」と Geluk は続けます。

INDG が作成した写真のようにリアルな New Era Cap の 3D ビジュアル。

INDG が作成した写真のようにリアルな New Era Cap の 3D ビジュアル

ニューヨーク州バッファローに拠点を置く New Era Cap は、2020 年に INDG をパートナーに迎えてデジタル化の旅に乗り出しました。New Era Cap の画像システムには、高品質の本物のような 3D 製品画像が既存の 2D のイラストの代わりとして、実際の製品が存在する前から配置される予定です。INDG が制作する 3D アセット は、キャップの形状やフィット感に始まり、すべての New Era Cap 製品に施された美しい刺繍の素材や糸の質感に至るまで、製品のあらゆる細部にこだわって注意深くデザインされています。

INDG が素材や刺繍にこのレベルの詳細を実現する上では Adobe Substance のツールキットが重要な役割を果たしています。Substance のおかげで INDG は New Era Cap の大規模な製品ポートフォリオのデジタル化プロジェクトに、驚くほどリアリティのあるテクスチャを実現するプロセスを完全に統合できました。

New Era Cap の CIO を務める Lorenz Gan は次のように話しています。「100 年以上の伝統を誇る New Era Cap は、この数年間ビジネスを劇的に近代化する大胆な変革に取り組んでおり、顧客体験、デジタルコマース、そして商品生産の領域で果敢な躍進を達成しています。年間 6 千万個以上のキャップを生産する会社にとって、コンセプトをアートワークとして完成させるという昔ながらのプロセスは、大幅な効率化が必要な時期を迎えていました。そこで INDG の登場です。明らかに業界最高峰の企業である INDG は、製品を市場に送り出す新しいプロセスを構築する過程で 3D の実用性についてのあらゆる懸念をあっという間に完全に打消し、納品のスピード、さらに完成品の品質や卓越性で私たちを圧倒しました。まさに企業に変革をもたらす存在と言えるでしょう」

デジタル化により得られるもの

INDG は 3D 表現を利用することによりもたらされる 5 つの主要な利点を特定しています。その範囲は、初期のデザイン決定から、マーケティングや小売に至るまでのサプライチェーン全体、そして最近の多くのブランドにとっての重要事項であるサステイナビリティに及びます。

3D の主なビジネスケースとメリット(独立した第三者機関による調査)。

3D の主なビジネスケースとメリット(独立した第三者機関による調査)

3D ビジュアルには明らかに大きなメリットがあります。製品写真をデジタル画像に置き換えることで、企業は費用のかかる写真撮影や物理的な商品サンプルを用意する必要性を減らせます。既にイケアはカタログの 75%以上をデジタル画像に置き換えています。また、本物の写真のようにリアルな画像に基づいて初期のデザインに関する判断を行うことで、資源の浪費につながる物理的なプロトタイプへの依存度を下げられます。

Clément Bourcier による製品マーケティングのための 3D アートワーク。

Clément Bourcier による製品マーケティングのための 3D アートワーク 出典: Substance Magazine

「3D と従来の写真のどちらかを選べる時は、基本的に 3D を選びます。もちろん、写真では優れたビジュアルを得られないと言っているわけではありません。むしろその反対です。ただ、最終的なビジュアルで同レベルのクオリティを得ようとすると、3D は大幅な時間の削減になるのです」と 3D デザイン、写真、アートディレクションが専門のフリーランスクリエイターである Clément Bourcier は話します。

また、試作品のデジタル化は製品開発サイクルの短縮に貢献します。「ひとたびビジュアルアセットを作成すれば、他の部門との共有はとても簡単です。離れた場所の相手でも大丈夫です。物理的なサンプルではそうはいきません」と Kontoor Brands でパターン部門のマネージャを務める Robert Garner は同社の Wrangler と Lee ジーンズブランドについての取材で語りました。「3D デザインがあれば、開発プロセスの早期から全員とデザインを共有して透明性を高められ、判断をより素早く行えるようになります」

Kontoor Brands は仮想の 3D 空間で衣類をデザインしている。

Kontoor Brands は仮想の 3D 空間で衣類をデザインしている

そして、ワークフローのデジタル化には、思いがけないビジネス面のメリットもあります。ウェディングドレスを販売する David”s Bridal は、店頭での試着に変えて、デジタル製品への顧客のフィードバックを利用したところ、新作ドレスの販売予測の精度を 20%以上向上させることができました。スーパーマーケットチェーンの Tesco は、3D バーチャル試着とプロトタイプの技術を採用して F&F 衣料品のリードタイムが短縮されたことにより、純利益が 4〜8%増加したと評価しています。

デジタルワークフローを正しく理解しているのは誰か?

この革新的な新しいテクノロジーのメリットを最初に享受してきた企業の多くは、小規模で小回りの利く新興ブランドです。Digi Denim をデザインした Paras Gupta は、サステイナビリティの問題に取り組むために水も自然の素材も一切使用しない 3D のデニムコレクションを作成しました。彼はプロジェクトを実現するための 3D 素材を Substance スイートに求めました。

Gupta は次のように語っています。「私が 3D デザインを始めたとき、そのスキルを私のデニムの知識と組み合わせたのはごく自然な選択でした。私はバーチャルな世界にリアルタイムでデニムをつくろうとしましたが、初めてのデジタルのデニムジーンズでは、本物のジーンズらしく見せることに苦労しました。そのため、バーチャルデニムの作成に最適なツールを探すことになりました。そうして Substance にたどり着いたのです」

といっても、ワークフローのデジタル化はスタートアップ企業の専有物ではありません。先駆けとなった企業の中には多国籍企業もあります。国際的シューズメーカーのアディダスは 2007 年に 3D デザインへの取り組みを開始し、2015 年には年間 5 万のバーチャルアセットを作成するまでになりました。他の国際的ブランドも同様の成功を狙っています。

PUMA グループでスポーツスタイルシューズデザイン部門のトップを務める David McKenzie は次のように話しています。「デジタルデザインは 部門を超えたコラボレーションの機会をさらに広げ、デザインと顧客をより近づけるチャンスを捉え、PUMA 社内の技術と創造性を強化します。また、日々の革新を通じてストーリーを語るという PUMA の豊かな伝統との親和性に関しても、胸の高鳴るような利点を 3D は持っています」

INDG が作成した写真のようにリアルな PUMA 製品の 3D ビジュアル。

INDG が作成した写真のようにリアルな PUMA 製品の 3D ビジュアル

デンバーのコロラドを拠点にして 1899 年に設立された国際的なアパレル&フットウェアメーカー VF Corporation もデジタル化に取り組んでいる企業の一社です。同社は現在 30 を超えるアウトドアやワークウェアのブランドを展開しています。「Substance は経験の少ないユーザーの参入障壁を下げ、驚くほどリアルなマテリアルを誰もが扱える環境を提供してくれます。デジタルマテリアルのワークフローに取り組むすべての人のためのツールと言えるでしょう」と VF Corporation のアドバンストデジタルクリエイション部門のシニアディレクターを務める Safir Bellali は語ります。

デジタル技術採用への障害

明らかにファッション業界は新しいテクノロジーから多くのものを得られます。ではなぜ多くの企業がデジタル化を果たしていないのでしょうか?歴史的な障害としては、視覚的な本物っぽさの欠如があります。初期の 3D 描画は、実際の布地の質感を十分に表現できていなかったため、顧客の期待に沿えませんでした。ただしこの状況は急速に変化しています。イギリスのブランド Pink Shirtmaker との仕事において、INDG はアドビの Substance スイートを使用して、微細なシワ、ステッチ、表面のディテールを徹底的な正確さで再現し、本物と見分けがつかないほどのデジタル素材を作成しました。

INDG 提供の画像。

INDG 提供の画像

もうひとつ障害として認識されていた点は、触覚フィードバックの欠如です。デジタル表現された布地による確認は、実際の試着と同じではないと懐疑論者たちは指摘していました。ところがパンデミックがその状況を変えました。物理的な接触が無いことは欠点ではなく、今や利点になったのです。高級ファッションブランドでさえも同様です。

Mike Voropaev が Adobe Substance で作成した製品の視覚化。

Mike Voropaev が Adobe Substance で作成した製品の視覚化

「パンデミックが始まるとすぐ、人々はショッピングモールに行ったり、店舗で眼鏡を試着することを避けるようになりました」と Bollé Brands でトレードマーケティング部門のバイスプレジデントを務める Chris Abbruzzese は Insider Intelligenceに話しました。「誰かの顔に触れたものに触りたがる人はいるでしょうか?自身の顔にも触るべきではないというときに」

人材の確保も、新しいデジタル技術を採用する上での現実的な問題です。ブランドあるいは採用担当者は、何のために採用すべきかを知らないことがほとんどです。新しい技術に関する専門的なノウハウを持たないまま、新しいスタッフを加えたチームを率いることに不安を感じるマネージャーもいます。

その解決策は、思っていたより身近なものかもしれません。従来からデザイナーとして働いている人たちが、個人的なプロジェクトとして 3D ツールに取り組んでいるからです。サプライチェーンのコンサルティング会社 Weave の調査では「98%の人材は業界内に見つかっていて、他の分野やテクノロジー企業からの転職ではない」ことが示されています。

さらに、デジタル化されたパイプラインの導入に必要な資金面の負担を現実的に捉える必要があります。Weave の調査では、回答者の 30%が 3D 技術を採用してから 12 カ月以内に投資効果が得られるだろうと予測していますが、実際に 3D の導入に成功したリーダー達は 36〜48 カ月程度かかかることを理解しています。

そして、最終的にデジタル技術の導入を阻む最大の要因は、変化への対応それ自体です。「3D の使用を恐れている多くのデザイナーに会いました。その主な理由は、居心地の良い環境を変えたくないこと、大学で学んだ手書きスケッチやソフトウェアに慣れていること、そして 3D への移行がプロセスを煩雑にする可能性があることです。その他にも、3D がデザインツールとして持つ力を捉えられないデザイナーがいます。3D とは何で、3D で何ができるのかを理解していないために、たまたま 3D という追加のスキルセットを持っているデザイナーを、クリエイターではなくモデラーとして対応する場面をたくさん見てきました」とナイキとアディダスでプロダクトデザイナーとして働いた経験を持つ Hussain Almossawi は語ります。

新しいワークフローを受け入れるには、チームとしてそのメリットを理解する必要があり、そのためには有能なリーダーと移行プロセスの管理が必要です。既存のワークフローが複雑すぎて移行できないと感じている企業もありますが、アディダスのような多国籍企業の事例は、その課題が克服できないものではないことを示唆しています。

INDG が作成した写真のようにリアルなアディダス製品の 3D ビジュアル。

INDG が作成した写真のようにリアルなアディダス製品の 3D ビジュアル

「将来を見据えた製品開発を考えているなら、デザインチームやリーダーは、新しい技術やプロセス、そして先進的なツールを導入する必要があると思います。革新的なデザインには革新的なプロセスが必要であり、3D は間違いなく見逃すことのできない技術です」と Almossawi は話します。

デジタルワークフロー採用への取り組み

デジタル化に向けて取り組み始めた企業のために、Weave から実践的なアドバイスがあります。「技術ではなく、ビジネスケースから始めること、そして小さく始めること」です。

まず、扱いやすい対象を探しましょう。たとえば、形状や飾りをマイナーチェンジする製品です。色、グラフィック、素材だけを変更するのであれば、高品質な 3D 表現をつくることが容易になります。3D による製品の仮想化は、製品サンプルの数と承認にかかる時間を減らせるため、コスト削減という目に見える ROI を短期間で実現します。これはパートナー企業とも共有できるメリットです。

Adobe Substanceで制作された製品ビジュアル。

Adobe Substance で制作された製品ビジュアル

次に、改革をリードする役割として、すでに 3D 技術の経験があり、熱意を持っているスタッフを探しましょう。加えて、賛同者の拡大や予算承認を促進するリーダーも必要です。Weave の調査には、「3D の採用規模を拡大しようとしている企業の 40%が、経営層の関与がプログラムの推進に重要であることを指摘した」と書かれています。

技術に精通したスタッフにプロジェクトの一部の管理権限を与えれば、情熱的な改革の提唱者を生み出せます。アディダスのデジタルワークフローへの取り組みについて、同社がすべての部門に 3D テクノロジーの導入管理を目的にした小部隊を設置したと Sourcing Journal は紹介しています。

「小部隊はプロセスの一部の管理権限を有し、主要なインフルエンサーとして会議中に関連情報を提供しました」

ワークフローの初期導入が終わり、プロジェクトの対象規模を拡大する段階では、新しいターゲットを賢く選びましょう。Sourcing Journal は、アディタスが「柔軟な対応の重要性と、小さな失敗や期間の延長を許容できる小さなプロジェクトを選択すべきであることを学んだ」と紹介しています。

また必要に応じて、専門のエージェンシーへの委託や、既存の一般公開されているアセットライブラリーの利用も検討しましょう。INDG は現在、アドビと共同でデジタルで表現した素材の再利用可能なライブラリを構築しています。メタデータを付加することで、デザインプロセス初期の段階でも、布地の二酸化炭素排出量を考慮することが可能になっています。

おわりに

オンラインで衣類を買おうとする消費者はこれまで以上に増えています。その一方で、実物の写真のようにリアルな表現を作成し、それを生産プロセス全体で再利用できる新しい 3D 技術が容易に使えるようになりました。ファッション業界はデジタルワークフローの採用における転換点を迎えています。

デジタル化されたパイプラインの利点がますます明確になり、3D 技術の採用障壁が下がるにつれて、ファッションデザインのビジネスは、テクノロジーに関してもリーダーとして、これまでも常に知られてきたように近代的で時代をリードする業界になる態勢を整えてています。

この記事は Creative Disruption: Fashioning the future with 3D Design(著者: Sebastian Shaw)の抄訳です