UI/UXデザインのカリキュラムをアップデートせよ!HALとアドビのUI/UXデザイン教育への模索 (前篇)
様々なクリエイティブ分野のプロを育成する専門学校HAL (東京・大阪・名古屋) では、UI/UXデザイン教育の未来を考えることを目的として2022年8月に3日間にわたる講師向けのUI/UX講座「XD Training for HAL」を実施しました。UI/UXデザインツールであるAdobe XDの現場での使い方を学ぶとともに、なぜ最新ツールを取り入れる必要があるのか、また未来のデザイナーの「あるべき姿」について、HALの先生方とアドビのインストラクターがトレーニングを介しながら、熱意に溢れたディスカッションを行いました。今回は、【前篇】【後篇】の2部構成でお届けします。
前半もくじ
- 目まぐるしく進化するUI/UX領域
- 定義が難しいデザイナーの職域や責任範囲
- 制作会社と事業会社で異なるデザインのゴール
- UI/UXデザイン特有のデザインのあり方
目まぐるしく進化するUI/UX領域
デザインプロセスやデザインツールの発展の著しいUI/UXデザイン領域では、デザイン教育を実践する上で考えるべき様々な課題があります。HALはかねてから、世の中のUI/UXデザイン求人の高まりに応えられるカリキュラム開発を模索してきました。企業のニーズに応えられる様なデザイナーを輩出するためには、デジタルプロダクト開発現場の開発プロセスを理解し、教育課程もそれらに適応する形でプログラムされることが重要です。このワークショップは、HAL東京校教務部主事の村上諭先生を筆頭にした各校の先生方と、世界中のデザイン業界で活躍する現役デザイナーや専門家から構成される XD International の一員である長谷川恭久さんと筆者井上史郎、そしてアドビからはEducation Evanelistの井上リサさんとXD Evangelistの三好航一郎さんが参加。それぞれの知見を基に、ハンズオンワークショップやレクチャー、ディスカッションを交えながら、現在のUI/UXデザインを取り巻く制作環境はどの様なものか、デザインツールをどう活用するべきか、次世代の業界をリードするための若手デザイナーの育成をどう支援するかなどに焦点を当てながら、UI/UXデザイン教育のベストプラクティスを一緒に考えました。
定義が難しいデザイナーの職域や責任範囲
さまざまな職域や責任範囲の定義が混在する今日のUI/UXデザイン業界。UIデザインとひとえにいっても、デザイナーが実際に携わる業務内容も担う責任も異なる場合が多々あります。例えば企業のUIデザイナーの一つの求人内容の中に多種多様な業務内容が含まれている場面を目にすることも珍しくありません。これは日本のデザイン業界だけでなく、欧州でも見られることです。企業によって異なる、要求されるデザイナーの幅広い責任範囲が錯綜する中では、制作環境によって重要視されることや求められる成果物の種類、期待されるデザイナー像なども変わってきます。
錯綜するUIデザイナーの職域とUIデザイナーの求人内容の例
昔からあるデザイン領域と比べて比較的新しく、また変化の著しいUI/UXデザインの制作環境の中で、「良いUIデザインはこれ」そして「それを実現するためのプロセスはこれ」というような雛形が必ずしもあるわけではありません。教育機関として優れたデザイナーを育てるために、UIデザインが伴う責任範囲や現場で必要とされるスキルを教員側が理解し、実践方法を考えることが、学生のデザインスキルの向上や就職活動の支援の観点においても重要になります。
制作会社と事業会社で異なるデザインのゴール
現在の日本におけるUIデザイン領域では、制作に携わる企業の形態は全体的な傾向として主に、受託制作を主体とする「制作会社・代理店」とサービス開発・運用を主体とするような「事業会社」の2種類に大別できると長谷川さんは話します。企業によって違いはあるにせよ、一般的にこれら「制作会社」と「事業会社」ではゴールとすることや制作環境に違いがあります。
事業形態によって異なるUIデザインのあり方
制作会社のゴールは「クライアント」の満足を得ること。複数の異なるクライアントワークを同時進行し、UIデザインだけに留まらない幅広いデザインの制作に携わりながら、フォトグラファー等様々なクリエイターと共同で最終成果物をクライアントへ納品してプロジェクトを完了するような制作環境です。クライアントに満足してもらうために最終成果物の視覚効果に磨きをかけるなど、主に完成品としての制作物の精度に重点を置きます。
制作会社の特徴
一方で、事業会社のゴールはプロダクトの「ユーザー」の満足を得ること。何人もの人が一つのデザインに携わり、チームで共有される共通の判断基準を基にプロダクトの精度や使い勝手に関わる品質を継続して改善・更新し続ける制作環境です。クライアントがそもそも不在であることや、一旦作ってもそこで完了せず更新を継続していくところが、制作会社の制作環境とは異なります。
事業会社の特徴
これら制作環境の違いが、デザイン作業過程で重要視されることや、デザイナーに要求されるスキル等を特徴付ける要因となり得ます。学生が将来どちらの企業形態に携わるにせよ、デザインの制作現場で要求される種類の違いを教員側がある程度把握しておくことで、教育実践現場での評価基準や、カリキュラム設計においてどんな要素に重点をおくかなどをより考えやすくなります。
また学生にとっても、企業の環境によって働き方が異なる場合があるということを理解することで、企業の種類別にポートフォリオの内容を編集したり、自分の目指すデザイン・キャリアのために面接で企業側に業務内容や責任範囲を的確に質問できる様になるなど、自身のキャリア形成を考える際のメリットにもつながります。
UI/UXデザイン特有のデザインのあり方
他の視覚伝達デザインと比べて、事業会社が主に行うアプリ開発等のUI/UXデザインの特徴的なところは、作って終わりではないということです。主に事業会社で起こることと言えるのかもしれませんが、実装しリリースした時点がスタート地点、といっても過言ではありません。一旦リリースした後に、ユーザーの反応を見ながら改善を重ねていくデザインプロセスでは、最も重要になるのは提供されるデザインがユーザーのニーズを満たすかどうかということです。これが満たされないと、いかにデザインの視覚的側面が作り込まれていても良いUIとは評価されません。そのニーズを満たすための使い勝手の良さを考慮したデザインを心がける必要があります。
良いUIデザインとは
それゆえにUI/UXデザインではユーザーを理解するというプロセスが決定的に重要になります。利用目的は何で、どの様な人が使い、そして提供されるデザインがユーザーの抱えるどの様な課題を解決するのか、ということを様々なリサーチ手法を通して明らかにしていく必要があります。そしてユーザー課題の把握から改善へ繋げていくフィードバック・ループはリリースした後も永続的に行われ、プロダクトの継続した改善が追求されることになります。
この様に繰り返し改善する「運用」を前提とした制作環境では、発生しうる変更を許容できるようなデザインを考慮することが重要です。例えば文章量の増減がどれほど許容できるか、コンテンツの量が増えた場合にちゃんと表示できるような作りになっているか、あるいは緊急の情報の掲載方法は考えられているのかなど、様々な状況に対応できるデザインを考慮しながら制作していかなければならない場合があります。
様々な状況を考慮したデザインを考える
こういった理想形のデザインから逸脱した「もしも」の状況がどれだけ考えられ、そして開発チームでその重要性が理解・共有されているかということが、デザイン・ワークフローの最適化にも影響してきます。全ての状況を想定した上でデザインを考えることは難しいにしても、開発初期の段階から柔軟性を考慮したデザインを心がけることで、後のデザインのあり方や制作の進め方自体が変わってくるので、教育課程においてもこの様なワークフローを踏まえたデザインの進め方を学生に指南することは有意義なことだと思います。
このように3日間のトレーニングでは、先生方と海外の事例なども含めながら現在のUI/UXデザインを取り巻く制作環境を一緒に再確認しました。専門学校HALでは現役のデザイナーとして第一線で活動されている先生や、最近まで現場で活躍されていた方も多くいらっしゃいます。経験豊富な先生方それぞれの現場での経験を踏まえた闊達なディスカッションが交わされました。
後篇では実際に先生方と行ったハンズオン・ワークショップの様子をお届けします。
後篇に続く: UI/UXデザインのカリキュラムをアップデートせよ!HALとアドビのUI/UXデザイン教育への模索 (後篇)