高校家庭科の授業で学ぶ「栄養素」の名前や働き。重要な学習内容ですが、生徒たちにとって、ともすれば暗記中心になってしまう単元でもあります。そこで、東京都立芝商業高等学校で家庭科を担当する大村優子先生は、これまでも家庭科の授業にポスター制作や発表活動などの“表現する学び”を取り入れてきました。
今年度は東京都立学校のデジタルサポーターである長瀬雅樹さんの支援を受けながら、Adobe Expressを活用した「栄養素キャラクター図鑑」の制作に挑戦。知識の習得だけでなく、生徒一人ひとりが学習内容の理解を深め、主体的に取り組む授業づくりを実践しています。大村先生と長瀬さんに、Adobe Expressの授業実践についてうかがいました。
「覚えるだけの授業」を変えたかった
「たとえば栄養素の授業であれば、どうしても知識を覚えることが中心になりがちです。でも、それだけだと生徒にとって楽しい学びになりにくいんです。自分で調べて、自分の言葉で表現することで、栄養素にもっと興味を持つようにできるのではないかと考えたのが始まりでした」
そんな思いから、大村先生は前任校の頃から5年以上、ポスター制作型の探究・発表の授業実践を続けてきました。現在、芝商業高校では2年生で「自分ポスター」、3年生で「栄養素キャラクター図鑑」を制作し、自分の考えや学んだ内容を「見える化」する活動を行っています。
2年生の「自分ポスター」では、自分の好きなものや興味のあることなど、自分らしさを一枚のポスターにまとめて発表します。一方、3年生の「栄養素キャラクター図鑑」では、栄養素について調べた内容をポスターにまとめ、発表会を行います。
「やはり、自分で考えて表現すると、学びが一気に自分のものとして定着するんですよね。自己表現の機会にもなりますし、生徒たちも楽しそうに取り組んでいます」と大村先生。「同じ知識を学んでも、暗記するのと、自分で意味づけして表現するのとでは学びの深さが違います。栄養素にしても、ポスターにすることで生徒は単にビタミンやカルシウムにどんな働きがあるかを覚えるだけでなく、『どう表現したら相手に伝わるか』『どこを強調したら理解してもらえるか』を考えるようになります」
現場の課題をきっかけに、さまざまなツールの中からAdobe Expressに行き着いた
もともと大村先生の授業では、アドビ以外のデザインツールを使って作品制作を行っていました。しかし、サービス側の認証方式の変更により、学校環境での運用が難しくなり始めます。そこで相談したのが、高校のデジタルサポーターを務める長瀬雅樹さんでした。
「東京都ではAdobe Expressを全員が使えるよ、と紹介しました」と長瀬さん。「Adobe Expressは学校アカウントで活用しやすく、教員が授業全体を管理できる仕組みもあります。大村先生の授業との相性も良いと感じていました」と背景を説明します。その後、大村先生はアドビが開催する教員向けAdobe Express研修に参加。授業での活用イメージを具体的に描けるようになったといいます。「使い方を教えていただいて、『これは授業で使えそうだな』と思いました」こうして、今年度から芝商業高校の家庭科の授業でAdobe Expressが活用されることになりました。
栄養素を“自分ごと”にするキャラクター制作
今回、3年生が取り組んだ「栄養素キャラクター図鑑」では、生徒たちがそれぞれ担当する栄養素について詳しく調べ、Adobe Expressでポスターを制作。ポスターには栄養素の特徴や役割を表現したキャラクターや、自分で考えたキャッチコピーを必ず盛り込むことが求められます。最終的に発表会でポスターを見ながら自分で調べた栄養素についてプレゼンを行い、それぞれの栄養素の担当者の中で誰のポスターが見やすく、説明がわかりやすかったかを投票で決定します。
≪「栄養素キャラクター図鑑」制作の流れ≫
① 栄養素について学習する
まず授業で栄養素の基本的な知識を学びます。栄養素の働きや特徴について理解したうえで、制作課題に入ります。
② 担当決定・課題の配布
生徒に担当の栄養素を割り当てます。同じ栄養素を担当する生徒は3人ずつおり、後の発表会で同じテーマでも多様なアウトプットがあることを生徒が実感できるようにしています。
課題はAdobe Expressのクラスルーム機能を使って配布されました。
③ 調べ学習
生徒はそれぞれ担当する栄養素について、「どんな働きをするのか」「不足するとどうなるのか」「多く含まれる食品は何か」などを各自で調べます。
④ キャラクター制作
生徒は、調べた内容をもとに、その栄養素を象徴するキャラクターを考えます。Adobe Expressの生成AI(Adobe Firefly)を活用する生徒もいれば、自分でイラストを描く生徒もいます。
⑤ ポスター制作
Adobe ExpressでA3サイズ相当のポスターを制作。「キャラクター」「キャッチコピー」「栄養素の特徴や働き」「含まれる食品」などをまとめます。制作期間はおおよそ4〜5時間です。
⑥ 発表会
完成後はAdobe Expressのギャラリー機能を使って作品を発表します。生徒は前に出て、自分のポスターを表示しながら、担当した栄養素についての説明やデザインの工夫、制作で苦労した点などを1人1分以上のプレゼンテーションを行いました。
⑦ 投票・振り返り
同じ栄養素を担当した3人の発表を比較しながら、生徒同士で投票を行います。投票にはMicrosoft Formsを活用し、「分かりやすさ」「知識の正しさ」「表現力」などを評価します。実際に大村先生が成績評価を行う際は、作品の出来栄えだけでなく、調査や制作への取り組み状況や努力の過程も重視しているそうです。
クラスルーム機能による学びの見える化。「個人で作る」から「互いに学ぶ」へ
今回の授業で大きな役割を果たしたのが、Adobe Expressのクラスルーム機能だったと大村先生は振り返ります。課題はクラスルームで配布され、生徒たちはAdobe Express上で課題に取り組みました。教員側の画面からは、生徒の作品の進捗状況がリアルタイムで確認できます。「課題の進捗が見えるのが本当に良かったですね。誰が作業していて、誰が止まっているのかがすぐ分かります。どこまで進んでいるのかも確認しやすく、こちらから声をかけるタイミングもつかみやすかったです」
さらに、生徒同士がお互いの制作状況や作品そのものを見ることができる環境も、生徒の学びに大きな効果を生み出しました。授業中に、他の生徒の作品が映る画面を見て「あれすごいね」「見せて!」という会話が教室のあちこちで生まれ、生徒たちが席を立って作品を見せ合う場面も見られたそうです。大村先生は、「同じ栄養素を調べているほかの生徒の作品が見えることで、『あの子の作品すごいな』『負けないようにもっと頑張ろう』という良い刺激になったり。そういうところも、うまく働いたかなと思います」と振り返ります。
Adobe Expressによって作品制作という学習が個人作業で終わらず、「仲間の作品を参考にする」「教え合う」「刺激を受けて改善する」という、クラス全体で高め合う活動へと自然に変化していることがうかがえます。誰かに指示されて頑張るのではなく、仲間の作品から刺激を受けて自ら改善するという「主体的な学び」が確かに生まれていました。
AIが生んだ「試行錯誤」と「学び合い」
栄養素のキャラクター制作には、Fireflyや他の生成AIも活用されました。「最初は思ったような絵が出てこなかったり、ちょっとグロテスクなものが出てきたりして、みんなで笑っていました」とは大村先生。ところが、印象的だったのはその後の生徒同士のやり取りだったそう。「かわいいキャラクターを作れた生徒がいると、『どうやって作ったの?』『何てプロンプトを入力したの?』と周囲の生徒が集まってくるんです。『アニメ風って入れたらうまくいったよ』『2Dって入れたらかわいくなった』というようなノウハウの共有が自然に行われていました」。AIを使いこなすスキルはもちろんですが、学習に生成AIを使う過程そのものが「学び合い」の場になっていたことがわかります。教師が一方的に教えるのではなく、生徒同士が自分なりに得た知識や経験を教え合う環境が自然に形成されていきました。
また、生徒たちは生成AIとの向き合い方も次第に学んでいったといいます。「最近の生成AIは、ポスターをすべて作ってしまうことも可能ですが、生徒たちはAIだけで作られた作品を意外なほどすぐに見抜いていました」と大村先生。ポスター発表会で「あれ、AIだけで作っているよね」「すぐわかるね」という声があがることもあり、生徒同士の投票でもAIだけで作った作品は評価が低くなったそうです。「頑張って工夫を加えた生徒の作品は、ちゃんと評価されていました。AIも活用しながら、最後は自分なりに考えて仕上げることが大切なんです」と大村先生は力をこめます。
すべてAIに任せてしまうのではなく、AIを活用しながらも自分で考え、自分のアイデアや工夫を加えながら表現することにこそ価値がある。生徒たち自身が、そのことを体験から実感し、理解していったという点は特筆すべきポイントです。
創造性はすべての教科の学びにつながる
大村先生は「Adobe ExpressはテンプレートやAI機能も充実しているので、生徒の得意不得意の違いや教科に関わらず活用できるのが魅力。Adobe Expressのようなツールがあることで、知識を覚えるだけではなく、自分なりに表現して発信する活動がより実現しやすくなりました」と語ります。長瀬さんもAdobe Expressにはさらに大きな可能性があると感じています。「シングルサインオンで使えるのが大きなメリット。文化祭のポスターやクラスTシャツのデザイン、動画制作など、授業以外でも活用できる場面はたくさんあります。他教科にも広げていきたいと思っています」
今回の大村先生の取り組みは家庭科の授業ですが、その学びの本質は教科の枠組みにおさまりません。調べる、考える、表現する、発表する。何度も試し、失敗し、他者と比較しながら学び、自分の表現を改善していく。生徒たちはAdobe Expressを使って、そんな学びのサイクルを経験しました。こうした学びで育まれる「自分で考える力」「表現する力」「他者から学ぶ力」「試行錯誤する力」「発信する力」こそが創造性の源であり、教科を問わず共通して求められる力と言えるでしょう。今回の実践は、創造性が特定の教科や美術が得意な一部の生徒だけのものではなく、あらゆる教科・あらゆる生徒の学びを深める力になり得ることを示しています。
生徒一人ひとりが学びを「自分ごと化」し、「覚える」から「表現を通して理解を深める」環境を実現するため、これからもアドビは全国の教育機関でのAdobe Expressの活用を支援してまいります。