アドビのクラウドフォントサービス「Adobe Fonts」の書体を使い、クリエイティブな活動を繰り広げる人たちにフォーカスする企画「Adobe Fonts × Creators」。
第9回は書籍、写真集、図録等の出版物から展覧会グラフィック、企業のプロモーションツールまで、幅広いクリエイティブをエディトリアルデザインを軸に展開する岡田奈緒子さんにフォーカス。デザインにおける文字の考えかたと書体の選びかた、Adobe Fontsのフォントを使うメリットについて伺いました。
ミレニアムを迎えたロンドンで、タイポグラフィを学ぶ
ロンドン芸術大学のLondon College of Printing(現London College of Communication)で欧文タイポグラフィを学び、帰国後は永原康史さんに師事したグラフィックデザイナー・岡田奈緒子さん。現在はこの経験を活かし、日本語と欧文を組み合わせたデザインを数多く手がけています。ロンドンでの学生生活、文字の奥深さに気づいた授業、そして欧文と和文、それぞれのタイポグラフィとの向き合い方についてお話を伺いました。
「当時のロンドンは景気もよくて、街全体がとても明るい雰囲気でした。今ほど生活費も高くなかったので、学生にとっても暮らしやすかったように思います。ちょうどミレニアムを迎える時期だったので、海外で2000年という節目を経験できたことも、とても貴重な思い出になっています。大学では、欧文タイポグラフィの基礎から実践的な組版まで、幅広く学びました。タイポグラフィと関係の深いブックバインディング(製本)の授業もありましたし、活版印刷を学ぶ機会もありました。
当時はまだ、コンピューターでのデザインが今ほど自由ではなかったこともあって、手を動かしながら文字や印刷について学ぶ授業が多かったですね。
今でもよく覚えているのが、小さく印字された書体を、大きく拡大して手で模写する課題です。それまでは、幾何学的な書体は線の太さが均一にできていると思っていたのですが、実際に拡大して描いてみると、微妙に細くなっている部分や太くなっている部分があることに気づいて。一見すると単純に見える文字も、実はとても繊細に設計されているんだと、そのとき初めて実感しました」
普段、何気なく目にしている文字。そのひとつひとつには、視覚的なバランスを整えるための細かな工夫が施されており、小さな文字を大きく描き写すというシンプルな課題は、書体の構造や造形をあらためて見つめ直す機会になりました。
大学卒業後、岡田さんは当時憧れていたグラフィックデザイナー、ジョナサン・バーンブルックさんのスタジオでインターンを経験。帰国後は永原康史さんに師事し、今度は日本語の文字と向き合うことになります。
「イギリスでは欧文タイポグラフィを中心に学んでいたので、日本に帰ってきてからは、日本語の扱いにかなり苦労しました。
欧文と和文では、文字の構造も違いますし、組版の考えかたやルールもまったく違います。日本語のタイポグラフィについては、本当にイチから覚えていくような感覚でした」
一方で、欧文タイポグラフィを専門的に学んだ経験は、日本でデザインの仕事を続けるうえでも大きな強みになっていると言います。
「写真集や図録では日英併記が基本になっていますし、そうしたデザイン以外でもタイトルやキャッチコピー等、さまざまなところに英語が使われていますよね。日本でデザインしていても、欧文組版の知識が必要になるケースは多々あります。そういうとき、イギリスで欧文タイポグラフィを学んだ経験がとても役立っていると感じます」
欧文と和文、それぞれの特徴を理解しながら、ひとつのデザインのなかで文字を組み合わせていく。ふたつの文字文化を行き来してきた経験が、岡田さんならではのグラフィックデザインを支えています。
幅広い選択肢からデザインの可能性を追求できるAdobe Fonts
岡田さんが手がける仕事は、何冊にもおよぶシリーズものから展示やイベントのためのデザインまで、規模も期間も多種多様。それを生み出す制作環境はどのようなものなのでしょうか。現在のフォント環境と合わせて伺いました。
「冊子物に限らず、ポスターやフライヤーなどの端物デザインもすべて、Adobe InDesignでデザインしています。
Adobe Illustrator以上に細かい文字組み設定ができること、大量の画像データを配置していても軽快なまま操作できること、画像の実効解像度やファイルの位置、配置日といった詳細な情報を一覧できること等、InDesignを愛用する理由は数え上げるとキリがありませんが、文字だけでなく、多くの素材を扱う冊子デザインを扱うことが多い私にとって、一番フィットするツールだと思っています」
「フォントに関しては、複数のフォントサブスクリプションサービスを契約していて、日本語に関しては、そのサービスで提供されているフォントを使うことがほとんどです。
デザインに使う書体は、出版物や企業のカタログのように、再度、印刷をする可能性があるデータをつくるときは、游明朝、游ゴシックなどの定番書体を選ぶことが多く、逆に短期間で終わるものや増刷の可能性が低いものについては、Adobe Fontsのフォントを含め、新しいフォントも取り入れることで、デザインに変化を出すようにしています」
ここからは岡田さんが手がけた仕事の中から、Adobe Fontsのフォントを活用した仕事をピックアップして紹介します。
「2027年1月から郡山市立美術館で開催される写真家・柴田敏雄さんの展示グラフィックでは、メインの欧文に Neue Kabel を使っています。
こうしたデザインを検討するときは、いくつかのフォントで試作を行ない、クライアントや作家の意見も取り入れながら決定していくのですが、ここではGotham と Neue Kabelを比較検討し、最終的によりシャープな印象をもつ、Neue Kabelを選びました。
グラフィックを考えるにあたっては、これまでの作品を一望できる展覧会であること、展示テーマが『写真と抽象』であることから、少数の作品に展覧会のイメージを委ねるのではなく、複数の写真を組み合わせることで作品の多様性を表現したいと考えました。フライヤーは、複数の作品から切り出したディテールを組み合わせたものをずらしながら8分割することで、具体性と抽象性を両立したデザインにしています」
「伊奈英次さんの写真集『ZONE』では、印刷・造本設計を含む、デザイン全般を担当しました。
テキストはすべて日英併記になっていて、英語部分にAdobe Garamondを使用しています。Anaphora Stencilは、もともとタイトルの候補としてセレクトした書体のひとつです。読みやすく、ベーシックなデザインなのにステンシル処理がされているという点がユニークで、どこかに使えないかと思い、最終的にノンブルにこの書体を指定しています。そのほか、版元の表記などに使っているMrs EavesもAdobe Fontsのフォントですね。
この写真集がひとつのきっかけとなり、伊奈さんは第42回写真の町東川賞 国内作家賞を受賞しました。それもあって、非常に思い入れのある仕事のひとつになっています」
「翻訳本『ホームコンピューター デジタル時代を決定づけた100の名機』では、機種名や小見出しなどのポイントになる部分にWedding Gothicを使っています。幅広で安定感があり、ややレトロな文字のデザインが、コンピューターの歴史をひもとく本書のイメージにピッタリだと思い、セレクトしました。全体的にベーシックなデザインではありますが、『Q』『R』『5』などの文字には装飾的なカーブが取り入れられていて、ちょっとした変化を与えてくれます。細いものから太いものまで、9ウェイトあるのも使いやすいポイントですね。エディトリアルデザインで使う書体はできるだけウェイト数があったほうがデザインに展開しやすくなりますから」
「翻訳本『ラルース百科事典の芸術』は、フランスの出版社・ラルースが19世紀から発行してきた百科事典のイラストをテーマごとに再編集したビジュアル本です。日本語版をデザインするにあたっては、原書の装飾的なイメージを取り入れるために、小見出しやリードに貂明朝を使いました。貂明朝のクラシカルなデザインと、小さくても読みやすい適度な太さが本のイメージに合っているんじゃないかと思います」
「河島えみさんが主宰する美術・写真関連の出版ミニレーベル・TSUKIKAGEから刊行された『書評飛行 アートと映画 33冊とエッセイ』では、タイトルや見出しなど、随所に百千鳥を使っています。
百千鳥は文字の幅、高さを自由に変えられるバリアブルフォントということもあり、同じデザインイメージのまま、縦長にも横長にも変化させることができる。その柔軟性がおもしろいですよね」
「東京総合写真専門学校の学校案内は、2016年度からデザインを担当しています。学校案内は内容が年によって大きく変わるものではないので、デザインに変化を与えるためにも、積極的にAdobe Fontsの書体を活用しています。
2025年に採用したcyは、たとえば『O』なら○と□があるというように、同じ文字に対して複数のデザインを持っています。この特徴をデザインのちょっとしたアクセントとして取り入れました。
2022年に採用したfitは、黒い塊にその文字と認識できる最低限の切れ込みを入れたようなデザインの書体です。学校の英語名が25文字だったため、等幅フォントならちょうど5×5の正方形に組みあげることができると考え、Adobe Fontsで探すなかで見つけたものです。デザインに取り入れるにあたっては、この黒みを生かすために、文字としての読みやすさ、見やすさを求めるのではなく、あえてタイトに組むことで全体をひとつのテクスチャに見立てています」
定番書体にとらわれることなく、自由なフォント選びを
案件に応じて、さまざまな書体を使い分け、デザインを生み出し続けている岡田さんは、どのようなところにAdobe Fontsの魅力を感じているのでしょうか。
「ベーシックな書体からユニークなデザイン書体まで、幅広くラインナップしているところでしょうか。日英併記に加えて、中国語、韓国語フォントが必要なときも、Adobe Fontsなら世界のさまざまな言語のフォントをすぐに使えるのは便利ですよね。百千鳥のように、新しいフォントテクノロジーで作られたフォントをいち早く体験できるのも、Adobe Fontsならではのメリットだと感じています。
外部とデータの受け渡しをするときにも、Adobe Fontsのフォントを使っておけば、“相手がフォントを持っていないために正しく開けない”というようなトラブルも防ぐことができます」
デザインに使える書体が無数にあるいま、デザインのなかでどのように文字と向き合い、フォントを活用していくのか。最後に岡田さんの考えを聞きました。
「DIN、Helvetica、Garamond、Didotのような定番書体を選ぶことは、決して悪いことではありませんし、私自身、いまでも使うことはあります。ただ、Adobe Fontsには、本当にたくさんの書体があり、ページを開くたびに新しい書体と巡り合うことができます。せっかくこれだけたくさんの書体があるのに、“みんなが使っているから”、“使い慣れているから”と、同じものばかり使うのはもったいないですよね。これまでの経験と自身の感性を頼りに、もっと自由な視点で書体と向き合いたいと思っています」
グラフィックデザイナー
合同会社ランプライターズレーベル 共同代表
東京綜合写真専門学校・東京造形大学 非常勤講師
ロンドン芸術大学London College of Printing(現London College of Communication)でタイポグラフィを学ぶ。卒業後、ジョナサン・バーンブルックのスタジオでインターンを経験。帰国後は永原康史に師事し、2014年、合同会社ランプライターズレーベルを設立。
Web|https://l-l-l.jp/