和光高等学校では長年にわたり、デジタルシチズンシップ教育に取り組んでいます。情報モラルを学ぶだけでなく、SNSや生成AIなどのデジタル技術と主体的に向き合い、自ら考え行動できる力を育むことを重視しています。
この実践を牽引してきたのが情報科教員の小池則行先生。2026年度の情報Ⅰでは、「生成AI時代のデジタルシチズンシップ」をテーマに、生徒一人ひとりが学びの成果として15秒動画を制作しました。生徒たちはAdobe Expressを活用して、自分自身の問いや気付きを作品として表現しました。
今回は、生徒の主体性を引き出す探究的な学びの授業デザインと、それを実現するAdobe Expressの存在について、小池先生にお話をうかがいました。
「作ること」ではなく「考えること」から授業を始める
高校1年生の1学期に行われた授業実践は4つのフェーズで構成されており、段階的に進んでいくように設計されています。
「この授業で大事なのは、Adobe Expressを使ってクリエイティブを作る前段階なんです」と小池先生は強調します。自ら考え、課題意識を持ち、伝えたいことが自分の中に生まれる。その土台がなければ創造的な表現は生まれません。生徒が深く考え、自分の言葉で語りたくなる学習体験をどう設計するのか、その授業デザインこそが創造性を引き出す鍵だと小池先生は考えています。
小池先生が挙げる、授業デザインのポイントは次の3点です。
学習フェーズ① 生徒の実態を知ることから探究は始まる
まずは生徒の実態を可視化するため、生徒自身が現在のデジタルライフを客観的に見つめ直すアンケートを実施。その結果、SNSやショート動画の利用について「後悔したことがある」と回答した生徒が92%。また、平日にスマートフォンを3時間以上利用している生徒は63%に達しました。さらに生成AIについては、98%の生徒が入学前から利用経験があることもわかりました。
小池先生は、「生徒がどういう実態なのかをきちんと把握した上で授業を組み込まないと滑ってしまいます」と語ります。教員が伝えたい内容から授業を組み立てるのではなく、生徒の現実や関心から出発することで、学びが「自分ごと」へと変わっていくといいます。
学習フェーズ② 「3つの対話」が主体的な学びを生み出す
授業では、正解を教えるのではなく、生徒自身が考え続けるプロセスを重視しています。そのため小池先生は、「世界から学ぶ」「自分から学ぶ」「クラスメートから学ぶ」という「3つの対話」を軸に授業を設計しています。ニュースや海外事例から社会課題を学び、自身の経験と結び付けて考え、さらに仲間との対話を通じて理解を深めていきます。
デジタルシチズンシップとは何か、という概論を説明した後に、まずは「16歳からの残り時間シミュレーター」を活用し、現在のスマートフォン利用時間が人生全体に与える影響を考察。自分自身のデジタルライフを振り返るきっかけをつくりました。
続いて、「学校でスマートフォンの使用を制限するべきか」といったテーマで哲学対話を実施。海外の事例やさまざまな立場の考え方を参考にしながら、グループでオープンに意見を言い合いました。議論の中で、生徒たちは友人の意見に耳を傾けながら、自分とは異なる考え方に出会い、多面的に課題を考えていきます。
その後、「スマートフォンやSNSは、自分にとって誘惑者か、それとも守護者か」という問いについて、1人ひとりが意見を書き込んで共有。
最後に、セルフチェックシートを使って、デジタルシチズンシップ教育における6つのカテゴリーについて、生徒自身が自らの強み・弱みを分析してスコアをつけ、レーダーチャートで可視化しました。
学習フェーズ③生成AIリテラシー
同校では「生成AI活用ガイドブック」を独自に策定し、入学式後の保護者会で配布しています。生徒たちは5月から情報科の授業の中でガイドブックも活用しながら、様々な生成AIに実際に触れ、使い方を習得しつつ、生成AIとの接し方についても自ら考えていきました。
さらに、単なる「ツールの使い方」で授業が終わらないよう、「AI社会で気になること」をテーマに哲学対話を実施。小池先生がAdobe Illustratorで制作したカードを使ってグループディスカッションを行い、生徒たちは活発に意見交換をしながら考えを深めました。
このように、この授業は「3つの対話」を繰り返し行う設計になっています。小池先生は、対話の積み重ねこそが、探究的な学びにつながると考えています。知識を一方的に受け取るのではなく、社会と対話し、自分と対話し、仲間と対話する。正解を探すのではなく、問い続けることを学ぶ。その繰り返しを通して、生徒たちは自分自身の価値観や行動を問い直し、思考を深めていくのです。
学習フェーズ④学びの集大成は「15秒で伝える」動画制作
最終フェーズで取り組むのが、Adobe Expressを活用した15秒動画制作です。小池先生は、生徒が「何を表現したか」を重視するといいます。どれだけ深く考えたとしても、それを他者に伝わる形で表現できなければ学びは完結しないと考えているからです。
これまでの授業で得た気づきや問いの中から生徒が取り上げたテーマは、「スマートフォンやSNSとの向き合い方」「生成AIと教育」「AIと介護」「環境問題」などさまざま。同じ授業で学んでいても、生徒一人ひとりが異なる問題意識を持ち、それぞれの視点から社会にメッセージを発信しようとしていることがうかがえます。
動画制作はガイダンスや最後の鑑賞会も含めて6時間。非常に限られた時間の中で、集中的に行われました。制作にあたっては、最初にワークシートを用いて「何を伝えたいのか」「なぜそれを伝えたいのか」「どのような構成にするのか」を手書きで整理し、その上でAdobe Expressを使って動画制作に取り組みました。
小池先生はAdobe Expressを「生徒の創造性を加速するツール」と呼んで高く評価し、探究的な学びに積極的に活用しています。もちろんその理由は、単に動画やデザインを制作しやすいからだけではありません。生徒が探究のプロセスで生み出した問いや気付きを、社会に向けて自分らしい表現でアウトプットできるツールである、ということが最大の理由です。
■小池先生が考えるAdobe Expressが生徒の創造性を加速する理由
生成AIについても、小池先生は単なる効率化のためのツールとしてではなく、創造性を広げるためのツールとして捉えています。「生成AIを使うとありきたりなものになると言う人もいますが、全然違います。自分のクリエイティビティを伸ばしていくためのツールとして使えるんです」
「クラスルーム」機能が支える個別最適な支援と創造的な学び
今回の授業実践では、Adobe Expressの「クラスルーム」機能もフル活用。動画制作の課題配布から生徒の作品提出、ギャラリーによる作品の共有・鑑賞までクラスルーム上で行われました。クラスルームについて小池先生は、課題管理のスムーズさに加え、生徒の進捗を可視化して把握できる点に価値を感じていると語ります。「この子はまだ手を付けられていないな、とかが分かるんです。その子のところへ行って声をかけられる。当たりを付けられるのがいいですね」
探究学習において教員の役割は、知識の伝達ではなく生徒に適切に伴走することですが、40人近い生徒がそれぞれ異なるテーマで動画制作に取り組む中で、教員が全員の進捗を正確に把握することは容易ではありません。しかし、クラスルームによって生徒一人ひとりの取り組み状況が可視化されることで、支援が必要な生徒を早い段階で見つけ、適切なタイミングで声をかけることができるようになります。生徒が自分のテーマを深掘りして探究・制作を進めていく過程に教員が効果的に伴走するための仕組みが、クラスルームによって実現できるのです。
生徒を「主体的な学び手」に、そして「創造的なつくり手」へ
授業後の振り返りでは、生徒たちから多くの前向きな変化が語られました。「クラスメートの作品を見て、一日5時間スマホを見ていると人生のうち14年間分を使うことを知り、スマホとの向き合い方を変えたいと思った」という声や、「他の人の動画を見るとクオリティも高く、自分なんてまだまだだと悔しくなった」という声もありました。また、「フォントを変えたり色を付けたりしながら、見る人に伝わる表現を考えることが楽しかった。コンピュータを使って何かを作り上げる楽しさを知ることができた」と振り返る生徒もいました。
「とくに創造的学習活動は、教育的価値が高いと個人的に思っています」と語る小池先生。今回の授業実践は、Adobe Expressを使った動画制作の事例であると同時に、小池先生が長年追求してきた探究的な学びの具現化でもあります。問いを立て、対話を重ね、考えを深め、そして自分の言葉で表現する。その一連の学びのプロセスによって、生徒たちは単なる情報の受け手ではなく、自ら考え、社会へ発信する経験を積み、「主体的な学び手」に、さらに「創造的なつくり手」に近づいたと小池先生は感じています。
動画制作では、授業時間内で制作が終わらない生徒がほとんどで、放課後に開放されているコンピュータ室で作業する姿が数多く見られたそうです。「どこまでやるかは自分次第」としつつも、放課後も制作を続け、仲間と刺激し合いながらより良い作品を目指して粘り続ける生徒の姿勢に、小池先生は「真正の学び」を感じたといいます。「頑張ってみることで、自分の可能性や能力が伸びていくっていうことを実感できることは大切です」
「生徒は、自分が作ったものを、これが学習の成果だと誇りを持って語れるようになるべきだし、教員はそれに値する授業をデザインしなければいけないんです」と力強く語る小池先生。生徒の主体性を引き出し、対話によって探究を深め、創造的な表現へとつなげるという、Adobe Expressを活用した小池先生の授業デザインは、主体的・対話的で深い「学び」を実現した好例であり、多くの先生方にとって確かなヒントとなるのではないでしょうか。